dream | ナノ



act.008

ふかふかの枕も、羽毛布団も、心地いい暖かさも
今日ばかりはその気持よさにうっとりなんて、できなかった

「……」

昨日の一件から色々な考えが頭の中を駆け巡り、あまり睡眠をとることもできず
結局いつもならナギニとごはんを食べる時間になるまで、すっぽりと頭の先まで布団を被って部屋に篭っていた
ナギニは怒っているだろう、うん間違いなく

それでもここから出ていけないのは、私が意気地なしだから

「ど、どうしよう……」

真っ暗な布団の中で、卿から貰った指輪の箱を握り締めたりしている
いくら考えてみても答えはでない

否、出したくない―――これが答えだ

アルバニアに来てから半年間、それはそれは卿にお世話になった
衣食住に始まり、勉強、礼儀作法、魔法だってそう
ただのマグルでしかなかった私を、たった半年程度で魔女にしてみせたのは卿だ

だからこそこの関係を崩したくない
卿に対するこの感情を、押し殺したい

けれど気付いてしまった心が、それをさせてくれない
頭と身体が別のモノなんじゃないかと思うくらいに、言う事を聞かないのだ

悶々と思考の堂々巡りを繰り返す私を笑うかのように、指輪の箱と目が合った気がした

「でも……」

配下の死喰い人や親しい人物にさえ心を許さず、エゴイスティックな卿だ
万が一私の気持ちに気付いたとして、それを受諾するなんて天地がひっくり返ってもありえないだろう


私は、何なんだろう


貴重な預言者?

闇祓いに対する盾?

気紛れで飼われているペット?


「もう、分かんないことだらけ」




布団の端から杖を出して、机にあった本を呼び寄せ呪文で手元まで移動させる
普段のように横着な私の性格を注意し叱責する人物も、今日は居ない

―――最も邪悪なる魔術

冷えた朝の空気さや悴む指先も気にせず、羊皮紙を摘んでは捲る

古ぼけた夜空色の表紙に、不気味な装飾
ぱっと見ただけでそれが闇の魔術に精通しているであろうことが分かってしまうほどの禍々しい見た目

少し折り癖の付いた後半のページには“分霊箱(ホークラックス)”の文字

“分霊箱”

魂を引き裂いてその断片を保存し、魂をこの世に繋ぎとめる役割を持つ
「完全な死」を防ぐ効果を持つ最も邪悪な魔法の一つ

卿が生と死に執着し追い求めた答えが、挿絵も何も無いページに短文で書かれていた

“魔法の中で最も邪悪な発明。人はそれを説きもせず語りもしない”

惚けた頭で考えるが、その短文が脳内でリフレインされるだけ
湿気たゴシック調の部屋に響く、私の呼吸

仮定だが、卿は分霊箱を作り終えているだろう
―――見た目が変わらないのは、1981年の件でああなるのか、それとも単にトリップが原因か


ぐるぐる回る

卿の低い声と、あの瞳が

考えたくないのに、考えられずにはいられない

それでも布団から抜け出す気分には、到底ならない
指輪の入った箱を握ったまま、寝返りをうってみた


「おはようございます」

「ッひ!!!」

ベットの横に、死喰い人の一人が立っていた
心臓が飛び出してしまいそうになり、バクバクと音を立てて跳ね上がる胸に手を当てる

考え事をしすぎて、彼の入室にさえ気付かなかったのか、それとも姿あらわしか


「びびびびっくりした……」

「失礼しました、中々部屋から出てきませんでしたので……具合でも?」

彼が私を盛大に驚かしてくれたことと、私の杞憂の除いたら、体調は完璧だ
愛想笑いを浮かべて、私は彼に礼を言った

「大丈夫です、気遣って頂いてありがとうございます」

「我が君がお呼びです」


愛想笑いが、硬直した

用件を告げた死喰い人はそそくさと退室してしまい、部屋には頭を抱える私だけが残る

「ど、どうしよう」

とりあえず身支度を、と私は仕方なさそうにベッドから出たのだった


* * *


「入れ」


木製のドアを控えめにノックすると、無機質な声が耳に届いた
一瞬躊躇したかのように深呼吸をしで深く息を吐く動作は、傍から見れば溜息のようにも見えただろう
私は諦めたかのように肩を落として、氷のように冷えたドアノブに手をかけた

「失礼しま、す」

こつこつと歩を進めると、書斎のいつもの椅子に座る卿が目に入った
彼の視線は手にした書類に落ちたまま、私はデスクの手前で立ち止まった

沈黙が、痛い

「あっ、あの!」

先に沈黙を破ったのは、私だった

「なんというかその……ええと……あの……」

瞬間、一晩考えていたことが一瞬で頭から消えてしまい、しどろもどろで言葉を繋ごうとする
自分の情けなさに悲しくなったり、卿を目の前にして柄にもなく緊張して噛んでしまったり

ああ、こういう時どんな顔をしたらいいのか分からない

生憎卿は私ではなく手元の書類に視線を向けているようで
必死に顔を作ろうと努力する私には、気づいていないようだった


ぱらり


視界に一枚の羊皮紙が現れた
丁寧な文字で書かれた書類で、それは否が応にも私の視界に飛び込んできた


「ダームストラング専門学校……入学、許可証?」


「荷物は纏めておいた、護衛を付ける。すぐに出立しろ」


脳の奥にまで、卿の言葉が染み渡らない

彼がなんと言ったのか、聞き取れなかった
理解が出来ないとは、こういうことなのだろう

視界に入るのは死の宣告のようなものにも見える、羊皮紙が一枚

卿の顔は、見えていない

どすんと鈍い音がして、書斎の空気や床に振動が響いた
デスク横に大きなトランクが二つ現れるのを視認したと思ったら
気付いた頃には、私は魔法で部屋から追い出された

「そ、んなっ」

凍りついた思考回路は怒りで溶けてしまったのか
私は力任せに書斎のドアを叩いた

痛いけど、そんなの構ってられない

「急にそんな……突然すぎです!」

どん、どん、どん

響く音に呼応して、私がドアを叩く力も上がってゆく

けれど卿は答えない

「聞いてるんですかっ!」

どん、どん

冷えた廊下に、私の叫びと死喰い人の足音が混じる
今の私は、酷く憎々しげにドアを睨んでいるであろう


「……ッ、卿!!!」

いつもいつも、身勝手で我儘で俺様で何時までも子供で
私を振り回して遊んでいて、見上げたならにやにやと意地の悪い笑みを浮かべるんでしょう?

だから、意地悪は辞めてください、卿

お願いだから

「……きょ、っぅ」


私を、見てよ



* * *



姿現しは、とても便利だ

私は護衛という名目の死喰い人と手を触れ合わせたまま、あたり一面真っ白な世界にいた
彼が急に姿現しをしたおかげで、どう見ても寒いであろう雪原に、薄着のまま突っ立っていた

「っ……う」

食道をせり上がってくる胃液を、どうにか元に戻そうと努力する
溢れる涙は生理現象だと、自分自身に言い聞かせた

嗚咽に混ざるのは、嘔吐感と、虚無感と

それから悔しさ

「ぐ……っ」


頬が濡れるのは、溶けた雪のせい

喉が痛いのは、姿現しのせい

心が痛いのは

もしかしなくても、柘榴色のあの瞳のせい


最後に見たのが横顔なんて

私には、悲しすぎた


「卿……っ」


− − − − −

終わらない夜が

やってくる


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