所以なきシュルレアリスム




「あたしのこと放送で呼び出したよね。ええと、二学期の初めくらいだったと思うんだけど」

 菓子パンと弁当箱が乗るテーブルを挟んで、彼と向かい合っていた。淡く微笑む眼差しがこちらを見つめている。好奇心がありありと表れたそれは鮮やかな金だった。

「そんなこともあったかもね」

 とりあえずは、ほっとする。よくよく考えれば、それはどっち付かずの曖昧な返事だったのだけれど、この時ばかりは懸念を捨てた。よかった。間違っていたらただの痛い女だった。




 ――3年、ノエル・シーカーは至急職員室まで。

 思い切り放送機を振り返ったことをよく覚えている。放送機から自分の名が零れたことに驚いたのではない。“その”声によって、自分の名が呼ばれたことに驚いたのだ。
 ねぇ、今の誰が放送したのかな。友達に聞いても、返ってくるのは『聞いてなかった』の一点張り。繰り返しもなく、渋々といった声の雰囲気だったからなのだろうか。職員室より先に放送室には寄ってみたけれど、そこには無骨な機械の塊が鎮座しているだけだった。
 どうでもいいといえばどうでもよかった。けれど忘れられない。あのピアノの残響みたいに。耳の記憶が目よりも優秀だ。
 あぁでも。
 あの綺麗な手は、まだ覚えている。




「――お姉さん、これ食べていいの?」
「えっ? あ、うん」

 菓子パンを物色していた目がふとこちらを見ていた。綺麗だ。蒸しパンを拾い上げた指が袋を裂く。何かが弾けるような音に似ていた。
 甘いものが、好きだという。おごるから話がしたいと言った時の、彼の返事。人が想像する答えの斜め45度を彼は好むようだった。正直言って苦手なタイプなので、あまり自分からは関わるべきじゃないと思う。――ただそれは、あくまできっかけが何も無かった場合だ。

「……ピアノ、ひいたことある? 学校で、授業中に」

 レモンティーのパックが汗をかいていた。その感触を手の平に握りしめながら考える。好奇心とは似て非なるこの熱を、どうにかして彼に伝える方法を。
 やがて気だるげに呟かれた言葉はしかし、それを根こそぎ震わせるものだった。

「さぁ。――知ってどうするの?」

 後にこれは彼なりの肯定なのだと、色々なものを失ってから気づくことになる。


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