たとえ青空がなくても




真っ直ぐ伸びる回廊。
あの先に、彼はいる。








「エステルさん……?」

心配そうに覗き込んできたのは、聡明な光を宿した紫色の瞳。
自分が立ち止まっていたことにも気付かなかった。なんでだろう。頭が混乱して、目線が定まらない。

「どうしたのさ?あんたらしくもない」

導力銃を器用に回しながら、青い髪の少女も近づいてくる。

あそこに彼がいる。
そう考えただけで、なぜか足が止まってしまった。

「ううん。なんでもないわ」

笑顔を作って首を振る。
気付かれてはいけない、と思った。
さっき吹っ切れたはずだ。身体の震えだって、治まったはずだ。
もう、大丈夫なはずだ。

けれど足は、動かなかった。

「あれ……?おかしいな」

動かない、動かない。
頭から送られた信号を、身体が拒否していた。


こわい、と。


「エステルさん……」

「ごめん、大丈夫だから」

口元を押さえる少女に、また紛い物の笑顔を向ける。今度は、上手く笑えただろうか。
爪が食い込むほど力を入れた拳に、雫が落ちる。
血が滲んだ手のひらを見つめた。
次々と生暖かい雫が血と混ざり合っていく。まばたきをすれば、手の輪郭も滲んでしまう。
止めようとすればするほど、溢れ出た。
冷たい床に染みが出来る。

柔らかい感触と優しい香りに抱きしめられた。
クローゼ、と言った声は彼女の嗚咽に消されて、誰にも届かない。

「駄目です。今泣くのは、私が許しません」

行動と言葉が、食い違っている。

「……ん」

でも、言われた通りにした。
涙を拭く。
止まらない。
ならまた、拭けばいい。

何度だって。

身体を離した時、彼女もまた、目元を押さえていた。
そう、泣いてはいけない。
なぜなら、いざという時涙に頼っていては、彼を取り戻すことなんて出来ないから。それから――

「あの変態に、乙女の泣き顔なんて見せられないし!」

「はい、自信満々で挑んでやりましょう」

眩しそうにこちらを見る少女は、晴れやかに笑っていた。

“その輝きをもって
 ヨシュアを取り戻すがいい……!”

あの銀髪の青年の言葉を思い出す。
輝き、と彼は言った。

太陽、とヨシュアは言った。

上を見上げても、黒い闇の中に本物の太陽は見えない。
自分はそんな大それたものではないと思うのだけれど。
答えを求めるように振り返れば、クローゼは小さく微笑む。
大丈夫、と声は出ずに唇が動いた。



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