世界は君を愛してる
「きっと──きっとレンは、生きていることが“痛”かったんだわ」
完全に機能を停止した巨体。
その手の上で空虚な表情を浮かべて空を見る、小さな、少女。
そして──その様子を下から茫然と見上げる、2人の少女と少年。
彼らの顔からは、血の色が失せていた。
「どうして……どうして、レン……!」
隣で、悲痛な声がする。
自分も彼女と同じような顔をしていただろう。
「かくれんぼはもう終わりよ、エステル。……ううん、終わりにして、いいの」
もう終わりしてもいい、と少女は言う。
追いかけないで、ではなく。
追いかけなくていい、と。
「もういいの……エステルも、ヨシュアも、自由になるといいわ」
何が、少女をそうさせたのだろう。
影の国から出た後も、目は離していなかったはずだ。
少なくともあの夢のような空間を出る瞬間までは、こうではなかった。
全力で抵抗して、反発して、世界を嫌って、それでも──生きようとしていた。
逃げて逃げて、生きようと。
なのに。
「レンが、世界を嫌いだったんじゃ、なかったんだわ。──拒絶されていたのは、レンの方」
機械仕掛けの巨体はその無骨な手に小さな身体を乗せ、空高く掲げていた。
佇む儚い影。
あんな高さから落ちたら、その身体はきっとひとたまりもない。
栗色の髪の少女は首を横に振り、少女に語りかける。
「違う──違うわ、レン。そんなことない」
「なら、どうして?」
振り返ったその瞳に、感情はなかった。
「どうして……レンは、レンは“痛く”されなければいけなかったの?どうしてっ──!誰もレンを助けてくれなかったの!?」
見下ろされている筈なのに。
その目はまるで、縋るように見えて。
「世界がレンを嫌いじゃないなら、初めから“館”になんていなかった!パパとママと一緒に、きっと幸せに暮らしてた!!」
何かを吐き出すように、少女は叫ぶ。
何かを振り払うように。
何かを、求めるように。
その目には涙すら、浮かんではいなかった。
「なのに──!」
「あのね、レン」
けれどそれを遮ったのは、優しい声だった。
「1つ、忘れてることがあるわ」
諭すようでもなく、宥めるようでもなく。
彼女はただ得意気に、少女へ笑顔を向けた。
「あたし達と出会った──それだけで、大丈夫ってことをね」
少女が、言葉を失う。
驚いたようだった。
「だってそうじゃない。レンはたくさんの人達と出会ったわ。その中で、ただの1人もレンのことを想う人がいなかったと思う?」
世界ぜんぶが、君を嫌っていた?
「そんなはず──ないじゃない」
確かな確信をもって、彼女は言う。
そう、そんなはずはない。
だって、僕らは。
「あたし達は、レンを愛してるもの」
ぴく、と頭上の少女の肩が揺れる。
支えてあげたかった。
その小さな肩は、まだ幼いから。
「あたし達だけじゃない。ティータも、みんなも、きっと──レーヴェだって」
みんなみんな、君を愛してる。
隣に立つ彼女の手を握る。
震えていた手は、きつく握り返してきた。
まるでそれを支えに立っているように。
「だから……だから、大丈夫」
大丈夫、と彼女は言った。
なんてありがちで、使い古された台詞だろう。
そして──なぜその台詞で、こんなにも心を震わせられるのか。
あぁ、と。
誰よりも早く結論に至った。
それはきっと──エステルだから。
「レンがどこにいたって見つけられるし、そこから飛び下りたって、絶対に受け止めてみせる。──それくらいの奇跡が、起こらないはずないわ」
少女は俯いて肩を震わせていた。
唇をきつく噛みしめて、流れ出さんとする何かを抑えこむように。
彼女は優しい眼差しで、それを見つめていた。
「おいで、レン」
必ず受け止めるから。
「もう、いいんだよ」
君は、拒絶なんてされていない。
君も、世界を嫌ってなんていない。
だから、
「──大丈夫だよ、レン」