君がくれたモノは、




エステルが怪我を負って帰ってきた。

A級遊撃士になって、コンビだけではなく個人での活躍も増えてきて。少し心配だけれど、彼女も強くなった。いつまでも保護者では居られない。
そうやって喉に込み上げるものを無理矢理飲み込んで、納得させた。そんな、晴れた日のこと。

彼女は、全てを忘れてしまった。


『あなた……だれ?』


焦点の合わない紅耀の瞳が、ぼんやりとこちらを見返していた。
いつもの、意志ある眼差しではない。あの、強く暖かな瞳ではない。
栗色の髪に埋もれるようにして巻かれた包帯。消毒液の匂い。震えの止まらない脚。爪が食い込んで、血の滲み始めた手のひら。

その時なんて言っただろう。
よく、覚えていない。





「一時的なものですから、数日のうちに治りますよ」

そうやって微笑んだシスターに会釈を返す。顔が緩んだことに気づかれてしまったかもしれない。シスターは微かに笑って部屋を出ていった。
陽の光が多く入る部屋の中には、エステルの寝息だけが響いている。空気も音も彼女の寝顔も、全てが穏やかだった。
すぅ、と息を吸い込む。そして吐き出す。肺の底から出した空気は、心なしか吸い込んだ量より多かったように思えた。

「──エステル」

目覚めないように、けれど声は届くように。そんな大きさで発した声はかすれていた。
触れるか触れないかの距離で血色の良い頬を撫でる。記憶以外は全く健康だという話だった。不幸中の幸いと言うべきか、その逆か。

「…………ぅ」

桜色の唇が薄く開き、眉が中央に寄る。
何かを考えるより先に手を引っ込めた。彼女が目を開けることが、怖い。
また、名前を聞かれるのではないか。紅い眼に、自分は『他人』として映るのではないか。
それが、酷く恐ろしかった。──結局、それは杞憂に終わったのだけれど。
また聞こえ始めた寝息に安心して息を思い切り吐き出す。そこでやっと、息を止めていたことに気づいた。手足の感覚か戻ってくる。血が巡る感触。
違和感を覚えて手を見下ろすと、自由になった指の一本に、細く華奢だけれどしっかりした指が絡み付いていた。
彼女の目は、閉じたままだ。

「ヨシュア」

小さいのに、はっきりと響く声。
──寝言。寝言だ。
それを理解するのにどれほどかかっただろう。心臓の音がうるさくて、集中できない。

「ヨシュア、ごめん」

──なんで、謝るんだ。
君はなにも悪くないだろう。
悪いのは、

「ごめん、ごめんね」


わすれちゃって、ごめんね。


絡む指に力が込められる。
それを、きつく握り返した。

うわごとのように繰り返す謝罪。それは淡々と、でも声だけはどこか優しかった。

聞きたくなくて、やめてほしくて、ただ彼女を抱きしめた。






君がくれたモノは、色だった、音だった、匂いだった、想いだった、夢だった、希望だった、絶望だった、喜びだった、哀しみだった、愛しさだった、光だった 
僕は何を君にあげられていただろうか





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title:剥星


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