アドニスは誰も愛さない




 ――見つけた!

 それを聞いた瞬間、何者かに手首を掬われた。食堂前の人通りはいつの休憩時間も混んでいて、周囲の何人かが立ち止まった自分に迷惑そうな眼差しを向けていく。少し体温の高い、柔らかな女の子の手が、自分の冷えた手を掴んでいた。新鮮だった。代金を貰い、一夜の相手をする女の子が腕に抱きつくことはあっても、これだけ素直に、率直に手を握られたことは無かったから。振り返るまでもなかった。勢いのまま手の主は視界に躍り出て、眩しいくらいに目を輝かせる。かと思えば意外そうに目を見張って、そして顔を真っ赤にした。

「え、あれ? 男の子?」

 離される暖かな手。ごめんなさい、と蚊の鳴くような声だけ置いて去ろうとする、名も知らない女生徒。こちらから手を握った。さらに驚く彼女に微笑みかける。

「名前くらい聞かせてよ、お姉さん」

 彼女は固まってしまった。ただ一つ唇だけが動いて、声が、と呟いたように思う。僕の声が、どうかしたの。そう言うとさらに肩を震わせた。

「やっぱり、運命かもしれない」

 ――こっちが驚く番だった。繋いだ手をきつく握る。漠然とした思いだった。行かせてはいけない。留めておかなければならない。この人はたぶん、僕を救う。

「僕も、そう思うよ」

 どんな表情をしていたのか。彼女は、今までで一番驚いたような顔をした。

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