sugar real memory




 エリィは良い匂いがする。
 夕食も終わり、各々が好きに過ごしている時間。玄関の鍵を施錠してソファの横を通り過ぎたエリィを目で追いながら、ノエルはそんなことを思った。シャンプーの香りに似ている。けれど同じものを使っているはずの自分の髪からは、あれほど安心感を与えてくれる匂いはしない。なにが違うのだろう。

「髪の長さ……かな」
「なにが?」

 少しばかり驚いて振り返ると、隣に座るワジが普段より幾分薄い笑みを浮かべていた。声にも覇気が無い。身体に力は入っていなくて、背もたれに肘をついていなければ、頭を支えていられそうもなかった。例えるなら、眠りに落ちる前の猫。しかし蕩けた砂糖のような瞳は確かにこちらを見ているのだ。心配するのもどこかおかしい気がして、この奇妙な擽ったい空間に甘んじることにした。

「……エリィさんって、いつも良い匂いがするでしょ?」
「うん」
「シャンプーかなって思ったんだけど、あたしも同じの使ってるはずなのに、あたしのとはちょっと違う香りだし」
「うん」
「だから何の匂いなのかな――って、もう。聞いてる?」
「聞いてるよ」

 肘がずれて、かくんと彼は背もたれに頭を預けた。それでも長い睫毛からは金の光が漏れて、ゆっくりと瞬きをしている。初めて見る無防備だ。――可愛い、なんてどうかしている。シチューにワインを入れすぎたかな、と取るに足りないことを考えた。

「ワジくんは、わかる?」
「……まぁ、いくつか予想はあるんだけ、ど」

 くぁ、と言葉が途切れる。驚いた。欠伸をしても綺麗な顔のままなのか、彼は。

「耳の後ろに、その人の匂いが一番強いところがあるらしいよ。髪にも近いし、それのせいじゃないかな」
「ふぅん、そうなんだ……」
「まぁ他にも可能性はあるけど……はぁ、だめだ。ノエル、膝かしてね」
 視界を薄い萌黄色が横切り、女性のような華やかな匂いが鼻を掠めた。倒れ込むような勢いであっても、膝側に顔を向ける気遣いを彼は忘れない。形の良い耳が覗いていた。香りは腿の上の柔らかな髪からだと思う。……おそらくは、女性の香水だ。
 今眠いのは、そのせい?
 昼間は支援要請の消化に忙しくて気付かなかった。昨日の夜、最後まで一階に居たのは彼だ。その後どこに行こうが、きっと誰にも分からなかった。
 彼がいつどこへ行き、何をしようが自分の知ったことではない。いかがわしいことはやっぱり駄目だけれど、禁止を突きつけられるほど、彼との距離は近くないのだ。でも、と思う。

「少しさみしかったりするのにな……」

「――あ、言い忘れてたんだけど」

 寝たんだと思ったのに。見上げる金と目が合った。恥ずかしさで頬に熱が集まる。けれど何かを言う前に綺麗な指が首筋に伸びてきて、うなじをくすぐるように引き寄せられた。彼の肩口に顔を埋めるようになって、でもなぜだか、香水の匂いはしなかった。

「僕はお姉さんの匂い、好きだよ」


 眠る前だからなのか。身体を起こした時に触れた彼の頬は、熱かった。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -