柔らかく似せたアイボリー
「ヨナは、たけのこみたいです」
「……そう言うあんたは、髪の長さ以外、なんにも変わってないよなっ」
上昇を始めたエレベーターの中には陽光が鬱陶しいくらいに降り注いでいる。1ヶ月ぶりに会って、一言目がそれか。
偶然乗り合わせた、と言うには、少々無理があるかもしれない。ロバーツ主任には同時刻に呼び出されていたし、向かう場所も同じだった。何より、滑り込みに近いタイミングでこのエレベーターに乗れたのは、たぶん彼女が気づいていたからだ。後ろから走ってくる顔見知りの存在に。
乗り込み息を切らせて上げた目線に飛び込んだのは、青い髪と黒い服。驚いているところにかけられたのが、先の「たけのこ」発言だった。そりゃあ身長の伸び方が馬鹿みたいに急激なのは自覚している。この何週間か、身体中が痛くてしょうがなかったのだ。
肩辺りの高さにある彼女の頭を見下ろした。ほんの二年くらい前までは、同じくらいだったのに。
「まぁ、あんたを見下ろしてる、ってのも気分良いよな。オレ様の反撃がようやく始まったっつーか」
「……ヨナ」
「むしろオレの本気ってこれからだったんじゃね?って感じだし」
「――ヨナ」
細い人差し指に、言葉は飲み込ませられた。冷たいそれが、唇に触れている。口はもちろん、なぜか鼻でも息が出来なかった。
「その一人称、ムカつきます」
他にまともな言葉は言えないのだろうか。
さすがに寛大な心にも限界というものがある。指を下ろしてそっぽを向いてしまった彼女の、髪の一房を軽く引っ張った。
「なんで髪切らないわけ? ……まだ引きずってんのかよ」
眉を寄せたジト目が、途端に毒気を抜かれたような表情になる。素直に見上げてくる目に、思わず後退った。思っていた反応とは、まるで違う。自身の髪をすくった彼女は小さく、なるほどと呟いた。伏し目がちの睫毛が光に透けていて、どうしてか視線が落ち着かない。なにかを諦めたような声だった。
「そうですね。……切ってしまえば、よかったのかもしれません」
切なげに微笑んだ顔なんて、見たことがあっただろうか。堪らない、と思った。理由は分からないけれど、これは良くない。
「――ボクはっ、長い方がいいと思、う」
「え?」
すぐさま腕で口元を覆う。やってしまった。こんなことを言うつもりはなかったのに。自分自身が痛すぎて言葉も出ない。いっそ馬鹿にしてくれたら楽なのに、彼女はただ目を丸くして見上げてくるだけだった。気味の悪い空気は、ちいんという音でいくらか和らぐ。
「……ソバカスは、ずいぶん減ったんですね」
ドアが開いた。なぜか1階のボタンを押した彼女は、振り返らずにエレベーターから滑り出る。後ろ手に、『閉』のボタンを押しながら。
「……ずるいです」
わずか十数センチの隙間から、それは赤くなった耳に届いた。