祈るように夢を見ている




 人の見えない性格だとか人間性だとかは、粘土みたいに思うといいらしい。長い年月を重ねて、自分だけの形を作っていくもの。それはとんがっていたりなだらかだったりするけれど、歳を重ねるにつれて段々硬く、扱いづらくなっていく。誰かと触れ合ったり愛し合ったりする時は、互いが互いの形を変えなければいけない。とんがっていた所を丸くして、隙間を埋めるように自分を伸ばしていって。とても、うん。大変な作業だと思う。ぴたりと寄り添う前に面倒になる。どれだけやっても混ざり合うことは決して無いから、これまで寄り添っていたことが嘘みたいに、いとも簡単に離れてしまうこともある。でも本当にときどき、合わせようとしなくても形がぴったり当てはまることもある。人はそれを運命の人と呼んだりするのだ。
 そんなことを猟兵団にいた頃の昔話としてエマに話したら、素敵な考え方ですねと微笑んでくれた。エマの粘土はとても柔らかい。けれど芯はしっかりしていて、表面はきっと滑らかだ。だってわたしと触れ合ってくれる。扱いづらい形をしているであろうわたしの粘土に、形を沿わせてくれる。
 いいことばかりではきっと無いんです。そう呟いたエマに、わたしは首を傾げるしかなかった。わたしには到底真似できない、すごい形だと思うけれど。ああでも、例えばすごくとんがった人と触れ合ったら、傷付いてしまうかもしれない。そう考えると確かに理不尽だ。でもたぶんそれだけでも無いのだろう。エマはいつも、わたしが考えられる限界を遥かに飛び越えた所まで見ているから。
 フィーちゃんのは、独特な形をしていて、んー、ちょっと固めかもしれませんね。ん、と頷く。同じことを思っていた。歪で、変な形。それなのに、相手に合わせる気はあんまり無い。なんだかなぁ、と思う。恥じるものではないけれど、誇れるものでもなかった。少し無口になったわたしを覗き込んで、エマが笑う。でもとても暖かいです。そう言い放った声の、偽りの少なさにびっくりした。




 扉が開く音がして、目が覚めた。昼からすることもなく寮三階のソファでぼんやりしていたら、いつの間にか寝転がって寝てしまっていたらしい。身体が丸まっていて、制服のままだったからたぶんパンツが丸見えになっているだろう。まぁ、でも減るものじゃないし、三階だから用事がない限り男子は上がってこないだろうし。と、そこまで考えて人の気配に気づいた。ああそう、誰か部屋から出てきたんだった。扉の音の位置から推察するにきっと、ラウラだと思うのだけれど。
 なんというか、このソファの近くで立ち止まっているような気がする。しかも丁度パンツが見える位置。居心地悪いことこのうえない。目をつむっているから正確ではないけれど、不思議に思う。アリサやエマだったらきっと起こしてくれるけど、それが面倒くさくて無視するならさっさと移動してくれればいいのに。起きるタイミングが計れなくてただ瞼の中で目を動かしていると、ふとその気配が動いた。その瞬間に手のひらにぶわっと汗が滲んで、思いのほか緊張している自分に気づく。近づいてくる気配が顔も知らない人間のように思えて、久しぶりに鳥肌すら立った。そうっと歩く足音と、衣擦れの音。もう手の届く位置に、いる。

「――風邪を引くぞ、フィー」

 ふわ、と腰から脚を覆うように布が被せられて、信じられないほどの安堵が身体中に広がっていく。かけられた声が微かで優しかった。乗せられた上着が暖かかった。さっきまで眠っていたはずなのにまた眠気が襲ってきて、不思議に思う前に意識が底へ沈んでいく。その直前にソファがぎしりと軋んで、その人が、ラウラが、足元に腰掛けたのだと分かった。訳が分からないほど幸せだった。またわたしが夢から目覚めたとき、あなたはまだそこにいてくれるだろうか。




 ラウラの粘土は大きい粘土。固さはばらばらで、信じられないくらい固いところもあれば、気が抜けるほど柔らかいところもある。大体の人に見せるのはその柔らかい部分。柔らかいのにしっかりしていて、それは男性より女性に惹かれるのだろう。女性の粘土は男性よりも柔軟で、だから大きくしっかりしたラウラに女性は惹かれる。それはなんとなく、分かる。だけれど問題は、その内の固さに触れてしまった時だ。
 自分の固さを分かっているくせに、こちらに適応しようとぐいぐい押しつけてくる感じ。しかも陽だまりのように暖かな柔らかい方とは違い、火傷してしまいそうなくらい熱いのだ。そなたのことを分かりたい好きだからという言葉で、こちらの意思などお構いなし。いつの間にかこっちにまで熱が移って、しかも形まで変えさせられていた。慣れない。その一言に尽きる。
 けれどそこそこ嫌じゃないと思ったのは好きだと言われたから。今まで周りいた人達から幾度となく言われてきた言葉だけれど、こんな熱を持って言われたのは初めてだった。あの団のように家族という建前もなくて、どうしようもなく相容れない価値観を鎧のように纏って。それでもラウラはまだわたしを見ていた。熱を押しつけることをやめなかった。これほどまでに、わたしの歪な粘土の形に抵抗した人はいなかった。そこまでする理由は何かと聞いたら、そう。好きだからと言われたのだ。理解できそうもない。
 そう、思っていたけれど。まぁそれは、この足りない頭で考えるしかなかったことだから。
 明日にでも粘土を柔らかくする方法をエマに聞きにいこうと思った。起きる時には忘れてしまっているかもしれなくても、それでもそう思った。







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フラグはあるのになぜ増えない(頭抱)
寮の構造少しうろ覚えですごめんなさい


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