※捏造過多




 灰色の硬質な機甲が地面を荒く削り、どこか見慣れた仕草で攻撃を防いだまさにその時。

(逃がすことなら出来る)

 戦術リンクではなかった。そんな、説明のつく確かなものではなかった。けれどその時、仲間達は同じ想いを共有していた確信があった。同じ瞬間に、同じ事を最善策として思いついたのだ。そうして、躊躇った。その残酷でいちばん優しい決断を、自分の為でなくみんなの為に、口に出すことを躊躇ったのだった。全員がきっと真面目でそれでいて、臆病だったから。仲間を大切に思う気持ちを知っている。そのために、全てを投げ出してしまえるほどの覚悟を知っている。何より恐れたのは、自分の言葉で誰かの未来が閉ざされてしまうこと。向かって行ったとしても勝てるとは思わなかった、生きて逃れられるとは思わなかった。だからこそ。

「――リィンを、逃がそう」

 それはへたり込んでしまいそうなほど低く優しい声だった。誰も振り向かない。身動ぎすらしない。選択されなかった生き延びる未来をかなぐり捨てるようにして、全員を負け戦に引きずり込んだ彼の声を噛み締めていたから。いつだってそうだ。自分より余裕があるから、優しいからと甘えてばかりで。

「……ガイウス」

 続ける言葉が見つからなかった。みんなそう思っていたよとか、気持ちは一緒だよとか。なんて寒々しい言葉だろうか。自分の心を軽くする以外に役に立たない言葉だ。一歩目と二歩目では、必要とする勇気の量が遥かに違うように。
 揺らがない意志を目の当たりにして、誰に向けるでもない憤りが湧いてくる。ガイウスが大人だなんて誰が言ったんだ。同じ年に生まれて、同じクラスにいたじゃないか。笑うタイミングも同じだった。他愛もない勝ち負けに熱を入れるのも、無力に足掻く姿も同じだった。ただひとつ違うのは、彼がとてつもなく優しかったことだけで。

 ぽつりぽつりと同意の声が上がる。確かな覚悟が滲む一言だけで、誰も余計な事は言わなかった。自分も倣おうとして、喉が詰まって声が出ないことに気づく。こんな時ばかり何も出来ない自分が嫌いだった。始まりの日からずっと、彼の一番近くにいたのは自分だったのに。
 震えながらもなんとか口を開くその瞬間に、彼がこちらを振り返る。魔導杖を痛いくらいに握りしめた自分を見たガイウスは、溶けそうなほど柔らかい苦笑いを浮かべて、分かっている、とだけ呟いた。





 自分の中にこれほどの強い覚悟があったことを、初めて知った。
 目の前で仲間が容易く薙ぎ払われて、それでも詠唱に一片の揺らぎは無い。勝ち目のない戦いにもう一度向かわせる為だけに傷を癒す。立ち上がらせる為だけに痛みを消して、味方の盾となり時間を稼がせる為だけに仮初めの力を与えた。
 横たわった身体は時折痛みに耐えるように強張った。使い物にならなくなった腕の神経をアーツで一時的に繋いで、身体に錯覚させる。楽になるために手放したものを無理矢理繋ぎとめるその作業に、どれほどの痛みが伴うのか想像はしなかった。想像してしまったら、もう続けられないことが分かっていたから。

「エ、リオット、どうだ?」

 隣で座り込む自分を見上げて、呻くように彼は言った。なんでもないように笑うことが、少し難しい。なのにどうしてだか、大丈夫だよという言葉は驚くほどすんなりと口に出来た。

「まだ、俺は戦えるのか」
「うん。まだまだ戦えるよ」

 何度でも僕が治すから。そう言うと彼は本当に嬉しそうに笑うのだ。彼にとって戦えるということは守れるということと同義のようだった。それに自分は少しでも関わることが出来ているだろうか。彼のように、不安を取り除いてしまえるような柔らかい笑顔を浮かべられているだろうか。
 ふと頬に温かさを感じた。たった今感覚を取り戻したのであろう腕が持ち上がっていて、治癒の光が腕から身体全体に行き渡る。

「……悪いな。つらい役ばかりさせている」
「あはは、ガイウスには言われたくないなぁ」

 こんなにぼろぼろなのに、本当に人の心配ばっかりなんだね。僕は大丈夫だよ。強がり、とかじゃなくて。身体を癒すだけじゃない。そのことで誰かの罪悪感を消したり充実感や満足感を感じる手助けが出来たりするんだ。みんながみんなと、何より自分の為に戦ってくれてるのが僕は嬉しいんだ。それで、だから。
 やや強めに頬を拭われた。いつの間にか彼の表情から笑顔が消えていて、自分が話しながら泣いていた事にやっと気づく。

「……みんなのこと、ずっと見てるよ。最後まで見てる。僕にはそれが出来るんだから」

 手にした美しい機械の、中央で輝く群青色を撫でる。
 ああそういえば、これの名前は一番好きだった曲の名前と同じだったっけ。

「もう嬉しすぎて、鼻唄でも歌っちゃいそうだよ」

 彼の頬がふと緩んだ。それが自分の笑顔につられたものだったのなら、こんなに嬉しいことはない。
 彼はやがて立ち上がり、歩き出す。その背中を脳裏に焼きつけて、自分もまた、何かを救うために涙を拭いた。






(またあおう夜明けのそらの下、僕らはそうして約束の夢を見る)







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こんなことなってないって信じてはいるけどこんな展開も大好物だから困る。


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