optatio






 失う夢を見た。
 自由のきかない自分の腕の中で、ただただ温かい血を流す彼女がいた。その光景が怖くはなかったのだ、ほんとうに。強く願ったのは、これが夢だけでありますようにと、ただそれだけだった。不安で仕方なかったのだ。この瞼に残る鮮烈な色は、正夢に似ている。



 目覚めてまずしたことは、自分が本当に目覚めたのかを確かめることだった。部屋は暗く、冷え冷えとしている。灯りをつける前に扉を開けた。突き刺すような光に網膜が悲鳴を上げる。廊下では古びた導力灯がいつでも剥き出しのまま輝いていた。今ほど、それを実感したことはない。

「リィン?」

 息を呑む。叫び出したいほど懐かしい声だった。

「アリサ……?」
「どうかしたの? 顔が真っ青だけど……眠れないの?」

 少し潤んだ緋色から目を逸らしてしまう。眠れなかったわけじゃない。君が死んでいく様を、ただのうのうと眺める夢をみていたんだ。怖くなって、それで。

「……そう。もしかしたらって、思ったんだけど」
「え?」
「もしかしたら、私のためにって。……いつでもあなたは来てくれたから」

 別人が彼女の声で話しているような、そんな違和感があった。彼女はこんなことを口に出す性格だったのかと。
 衝動のままに歩を進めていた。階段を登りきる手前で立ち止まっていた彼女が、怯えたような顔をして後退る。腕を伸ばすのと、段を踏み外した彼女の身体が傾くのは同時だった。掴む。引き寄せる。短い悲鳴と共に飛び込んでくる身体は不安なほど軽い。けれど、とても温かかった。
 ごめんなさいと言う息が首筋を撫でていく。居心地悪そうな身じろぎを無視したのは、単に惜しさ故だった。

「……アリサは温かいな」
「なっ……! ねねね、寝ぼけるのもいい加減にしなさい!」

 あなたが冷たすぎるのよ!という言葉に納得する。そうか自分は寒くて仕方なかったのだと、今更。渾身の力で腕の中から逃げ出されて、奇妙なほどの寒気を感じた。ああそう。温度だとか、漠然とした不安の生み出され方だとかが、夢と同じなのだ。
 ふと、押し退けられて所在なく浮いていた手を掬われる。それは肌が幾分固い、けれどしなやかで華奢な手だった。

「こんなに冷えていたら、眠れないでしょう。お礼をするから、ついてきて」

 つっけんどんに言って、遠慮の無い力で手を引かれる。階段を下りてキッチンへ。進むほど導力灯は増え、夕食の残り香が鼻を掠める。静かな寮内に、二人分の足音が響く。蜂蜜色の髪が鮮やかに翻って、なぜだか不意に、泣き出したくなった。


「――私ね、ココアだけはシャロンよりおいしく作れるのよ!」





(そう言って照れたようにわらう彼女の笑顔がどうか、どうか今もあたたかいどこかであたたかいだれかに向けられていますように)




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