オリキャラ注意




 男女間の友情なんてありえないって人もいるかもしれない。わたしも少し前までは、そう思ってた。少し前、つまりわたしが、彼女に恋をするまでは。

 彼女は警備隊の中でも、知らない人間がいないような有名人だった。抜きん出た戦闘技術に、優れた判断力諸々。まだ新人のわたしと歳もそう変わらないのに、彼女に対処出来ない問題はなかった。
 加えて彼女は三年前の"あの"事件の功労者であり、解決にも直接関わったのだという。噂では、かの有名な特務支援課に出向していた時もあったのだとか。今はもう無くなってしまったあの課のことを、クロスベルの人たちは今でも優しく語ってくれる。かつて魔都と呼ばれていたクロスベルを灰色の闇から引っ張り上げたのは、決して英雄ではなかった彼らなのだと。だから自分達は、無力でも戦えたのだと。共和国出身のわたしにはその思いを共有できない。そのことを少し、寂しく思ったりもした。
 特務支援課のことは彼女が関わっていると知って、詳しく調べた時期もあった。その内の一人があのランディ先輩だと聞かされた時は驚いたものだ。あんなふらふらした、ミレイユ中尉に注意(シャレじゃないよ)されてばかりの人と、特務支援課に抱いていた英雄像とが一致しなかったから。でもやっぱり彼はなんだかんだ優秀らしくて、後輩からも絶大な人気を寄せられていた。
 特務支援課にはもう一人へんてこなメンバーがいて、なんとその子は15歳そこらの女の子だったのだという。この時点でわたしの中の特務支援課イメージは見る影も無くなっていた。でっかい警察犬がいたとか、すごく可愛い女の子が一緒に住んでたとか、上司がヘビースモーカーだったとか。ちょっと待って、優秀なんじゃなかったの?
 そんなわたしの混乱を助けてくれたのが、捜査一課で活躍するバニングス捜査官の存在だ。あとマクダエル市長の、孫娘さん。この二人はなるほど納得。優秀を絵に描いたような人たちで、今でもクロスベルタイムズで頻繁に名前を見る。しかもしかもこの二人、近々結婚する予定もあるんだとか。わたしは何となく、この二人とわたしの大好きな彼女を中心に特務支援課は機能していたんだと思ってる。だって、優秀だったんでしょ? そんなことを警備隊の先輩に言ったら、苦笑いされた。外からはそう見えるかもな、と。違うの?
 あと一人、彼女と同じ時期に特務支援課で活躍した人が居るらしいけど、わたしはよく知らない。目立った噂も聞かなかったし、詳しく調べようとも思わなかったからだ。彼女に影響を及ぼしたと思われる人を知れただけで、わたしは満足だった。

 ええとそれで、何の話をしてたっけ。ああ、そうだ、男女の友情なんて無いって話。
 彼女と出会って、わたしはそんな考えを改めた。だってわたしは本気で惚れてしまったのだ。女のわたしが、女の彼女に。あの地獄のような訓練の最中、本気でくじけそうになっていたわたしに差し伸べてくれた手を忘れない。わたしは彼女に近づくために、あの訓練を耐え抜いたんだ。憧れよりもずっと強烈だった。女同士の恋だってあるんだから、男女の友情だってあるよ。あり得なくなんかない。

 だから、それは恋愛なんかじゃあ、ないですよね?
 





「あ、ねぇ、ノエル先輩知らない?」

 昼下がり。そう同期の子に呼び止められた時、わたしは不思議に思っていた。彼女はどこに行くにしても近くの人間に伝えておくから、大体は誰かが知っているはずなんだけど。突然いなくなり、ここ十五分程戻らないのだという。

「荷物や書類はそのままだし、すぐに戻るだろうってバレル先輩は言ってたんだけど……まぁ、あんたが知らないなら誰も知らないか」
「……なにそれ」
「だってあんた、ノエル先輩のストーカーじゃん」

 思わずうぐ、と唸る。あれだけ調べた手前、否定できない。そこまでひどくないよ。今日一日のスケジュールはしっかり把握してるけど。
 散々わたしをこき下ろしたその子と別れ、わたしはサモーナの缶詰を手に階段を登っていた。見張り業務の合間に見つけた楽しみだ。とある一角に、野良猫が集まるスポットがある。今日は黒い子がいるかな、茶虎の子はしばらく来てないな、なんて考えながらその一角を覗き込んだ瞬間、わたしは固まった。

 紅茶色の髪が風に揺れている。強い眼差しは伏せられて、その寝顔は普段よりももっとずっと幼かった。

「ノ、エル先輩」

 叫ばなかったのは奇跡だったと思う。でもその声に彼女は反応して、その長い睫毛をゆっくりと上げた。心臓がばくばくして、今にもぶっ倒れそうだ。そして赤ちゃんみたいにぼんやりした顔で彼女がわたしの名前を呼んだが最後、わたしは恍惚とした顔でへたり込んでしまった。





 迷い猫に案内されたの、と彼女は言った。猫と戯れている内に、あんまりいい天気だったからうたた寝してしまったのだと。彼女は缶詰に頭を突っ込む三毛猫を愛おしげに見つめていて、わたしはいつ鼻血が出るかと気が気でなかった。決めた。わたしは死んだら猫になる。

「あの、先輩は猫好きなんですか?」
「うん、大好き。最近はあんまり触れてないけど、前は毎日ごはんあげたりしてたなぁ」
「前、ですか?」
「そう。支援課のビルにもね、居ついてた子がいたの」

 支援課、という単語を、先輩は本当に大事そうに呟いた。普段のはきはきとした恰好いい表情ではなく、どこか、少女にも似た笑みで。初めて見る姿が嬉しかった。未だ知らない貴女が居ることが悲しかった。
 不意に彼女はいつもの眩しい笑みへ切り替えて、猫の喉をくすぐる。

「そろそろ戻らないといけないんだけど……ううん、もっと撫でてたいと思っちゃう」

 そうだ、と彼女が顔を上げた。こんな近くで目が合ったのは初めてで、一気に顔が赤くなるのが分かった。悪戯する子供のように目が輝いている。やばい。びっくりするぐらい可愛い。

「皆に見つかるまで、二人でお昼寝でもしちゃおうか?」

 死ぬほど嬉しいとかそんなこと言うなんて意外すぎるだとかこのままここにいるとわたし絶対告っちゃうだとか、色んなことが頭を駆け巡ったあと、わたしは「そっ、それは、やっぱり、だ、ダメですよっ!」としどろもどろに口走ってしまい、本気で死にたくなった。二度とないチャンスだった。まさに女神さまの前髪を掴み損ねたって感じだ。
 ああもう、驚いた顔も可愛い。こいつ頭固いなとか思われちゃっただろうか。真面目すぎて可愛げないとか思われてたらどうしよう。

「……ふふ、やっぱりそうだよね」

 でも思ったより彼女の声が柔らかくて、わたしは思わず彼女を凝視してしまう。肩を震わせて笑うその姿も、意外で。そっか、こんな気持ちだったんだ、という呟きの意味は分からなかった。

「ごめんね、変なこと言って。さっきのは受け売りだから、気にしないで」
「受け売りって、もしかしてランディ先輩、のですか?」
「……ううん。違うよ」

 そんな、笑い方をしないで欲しかった。泣いてるみたいな、幸せそうな。

「飄々としてて、つかみどころの無い、生意気な不良少年の、だよ」

 わたしは、ただ、その言葉を反芻した。わたしが調べたどの人とも当てはまらない、その人物を想像した。そして。

「……会いたい、なぁ」

 そう言った彼女の眼差しが、わたしのそれと同じだったから。やっと、わたしの初恋が、始まる前からその名前も知らない少年に敗れていたことを知ったのだ。












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