花落ちの日


 彼女がひた隠しにする秘密を暴こうとは思わなかった。少なくともあの時は。マキアスは知っているのにと、そう考えなかった訳じゃない。自分が部外者でいることに、行き場の無い苛立ちが、無かったとは言わない。だけれど同時に、お前にはその資格があるのかとも思った。人の秘密を好き勝手に暴いて良い理由なんて、どこを探してもある訳がない。
 何も起こらなければ、その日はそれで終わるはずだった。何事もなかったようにおはようと笑った彼女に少しの憤りを感じて、それでも同じようにおはようと笑って。目の端に入る彼女の脚を意識の外に追いやって、いつも通り。
 終われたはずだった。放課後、彼がアリサに会いに来るまでは。



「離してっ!」

 聞き慣れた声が鋭く叫んでいる。図書館への雑用の途中、正門の近くで見慣れない男に腕を引っ張られた金髪の少女が、右脚を庇いながらも懸命に抵抗しているのが見えた。その光景が焼きつくように、自分でも驚くほどの熱が頭に登っていく。どくどくという心臓の音が耳元でうるさくて、抱えた本が落ちる音も、自分が走り出した足音すら聞こえなかった。目の前が真っ赤になるほどの怒りを、自分は近い過去に何度か体験したことがある。聞き覚えのある誰かの声が自分を呼んだ気がした。

「――リィン! やめろ、落ち着け!」

 気がつけば、アリサの腕を掴んでいた男は自分の下で呻き声を上げていた。仰向けに組み伏せられた男は、怯えと抵抗心の混じり合った目で、こちらを睨みつけている。心なしか、どこかで見たような顔だった。そういう自分も、振り上げた拳を強い力で誰かに掴まれている。息を切らせたガイウスだった。腕に縋りついているのはアリサ。なぜ、どうしてだと思う。

「だってこいつは、アリサを」
「違うの! そいつは私の幼馴染なの、リィンお願い、離して」

 私は大丈夫だからと言った彼女は、この男に対しての言葉と、今自分に向けて言った言葉が同じことに気づいているだろうか。茹だった脳が冷えていく心地がした。力の抜けた腕からガイウスが手を離す。立ち上がるのを手伝ってもらい、ようやく周囲に気を配る余裕が出来た。人が集まり始めていた。ここは正門だ。そんな場所で目立つ行動をすれば、どんな噂が立つか分かったものではない。

「リィン、場所を移そう」
「……あぁ」

 きつい言葉で、けれど確かに男を気遣いながら助け起こす彼女を横目で見下ろしながら、あぁやっと俺は当事者に加われるのかと、そんなことを考えていた。



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