Night without the constellation




 彼は僅かに目を見開いていた。そういうこちらも似たようなもので、そんな彼の見慣れない表情に茫然としてしまう。期待と落胆がそれぞれに違う主張をしていた。彼がもし名前を呼ばれたことに驚いたのなら、きっと記憶の有無で反応は違うはずだ。彼は感情を表には出さないから、記憶が無いならこう聞くはず。――僕の名前を知ってるんだ、店に来たことある? とか。それが無いなら、やっぱり。でもそうとは限らないと後者が言う。そう、これはただの希望だ。
 けれど、その希望に縋るしか無いのだ、もう。二人の間に流れる沈黙が、まるで祈りのようだと思った。


「……ノエル」


 ――みつけた。

 声にならなかった熱い息が漏れる。どこを見たら良いのか分からなくて、ただ彼の首元の白い肌を見上げるしかなかった。

「ノエル、君は知ってるの」
「うん、知ってるよ。知ってる。忘れられる訳ない」
「……特務支援課は」

 あったよ。確かに。
 気づけば手を伸ばしていた。さ迷う震えた手が、冷たい指に掬われる。喜怒哀楽では表せない強烈な感情が、背筋を電流のように駆け抜けていった。






「落ち着いて話せる所に行こうか」

 黙って頷くと握られた手首をくいと引かれ、彼はその手を握ったまま歩き出す。そんな普段とは違う行動も相まって、その背中はなんだか知らない人に見えた。加えて明らかに歩みが速いのだ。急いているように見えるのは気のせいだろう。だって彼が焦っている所なんて、見たことない。

「あっあたし、ロイドさんに会ったの」
「へぇ、捜査一課でよろしくやってた?」
「知ってたの!?」
「……大抵のことはアッバスに調べて貰ったから」
「そう、なんだ」

 港湾区と東通りを抜けて、旧市街へ。辿り着いた場所は当たり前だけれど、プールバー《トリニティ》だった。よかった。ちゃんと存在している。強面だけれどワジには甘いアッバスも、頭巾の個性的なメンバーも。扉を開けた瞬間、その顔が一斉にこちらを向いたのには驚かされたけれど。

「奥の部屋に入るからしばらく誰も近付かないでね。アッバス」

 名前と同じタイミングで投げられた鍵を、ワジは見もせず受け取る。特段声を張った訳でもないのに、その忠告は店中に響いていた。客を含めた全員の刺さるような視線を涼しい顔で受け流す彼とは違い、こっちは気が気ではない。蹴るような勢いで開けられた扉を抜ける瞬間に振り向くと、好奇心や恨みがない交ぜになった視線達と目が合ってしまった。その中にはアッバスのものもあったけれど、彼は相変わらず濃いサングラスをしていたから、何を考えているのかは全く分からなかった。




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