welcome rain




 突然泣き出したあたしを、フランは自分自身も泣きそうになりながら家まで寄り添ってくれた。お礼は切れ切れに言ったけれど、まともに喋れないほどしゃくり上げていたから、正確に伝わったかは分からない。掻き回されたような頭の中で、数えきれない程の思い出が蘇っては薄れていく。
 どうして忘れていたか、なんて明白だった。この世界に存在しない思い出だからだ。けれど違う。あたしは、少なくともあたしの記憶だけは、この思い出を本物だと信じている。ならば、この世界は何なのだろう。

「……今から言う中で、知ってることがあったら言ってね」

 涙で赤く腫れた目を擦り、ベッドの上でフランと向き合う。フランは痛々しそうにこちらを見て、それでも力無く頷いてくれた。

「特務支援課」
「……知らない。聞いたことないよ」
「ロイドさん」
「知ってる! ていうか、前にお姉ちゃんにも言わなかった? 去年捜査一課に来た、新人の人だよ」
「……そっか。じゃあエリィさん、ティオちゃん、ランディ先輩は?」
「エリィさん、は知らないなぁ。ティオちゃんは聞いたことはあるんだけど……ランディ先輩はお姉ちゃんの先輩でしょ?」

 覚悟はしていた、けれど。絆の断絶を改めて思い知ると、また涙が溢れそうになった。短い間にも関わらず強い絆だったから。何よりも、大切にしたいものだったから。
 ――だからこそ、だからこそ諦める訳にはいかない。あの世界を、取り戻さなければ。

「帝国と共和国との関係は、今どうなってるの? まさか百日戦役も、無いことになってるの?」
「無いことも何も、戦争なんてもう何十年も起こってないよ。それにクロスベルはもうずっと前から独立してるもん」
「そんな……」

 じゃあ、何もかもが違ってくる。特務支援課なんて存在出来ない。クロスベルが抱える毒も、歪みによる歪みも、ロイドの兄の死、エリィの父親の絶望、もしかするとティオの辛い過去やランディの抱える闇までもが存在しないのではないか。それに、それなら――

「お父さん、は……?」

 扉を叩く音がする。母のより少し力強い其れ。応えたフランの声に、彼はゆっくりと扉を開けた。

「ただいま。大丈夫なのか、ノエル。いきなり泣き出したらしいじゃないか――」

 聞き慣れた声。懐かしい姿。
 記憶より随分老いたその顔を見て、今度こそ涙腺は決壊する。
 ――夢にまで見た世界。それはこの世界そのものだった。



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