翌日になると伊助ちゃんの体調はすっかり回復し、もうこれで完ぺき、というほど元気になったところで わたしにはひとつ課題があった。三郎への連絡だ。二年ごしに再会したものの うやむやな感じで帰ってもらったので、また電話するのはなんとなく気が引ける。それでもやっぱり、伊助ちゃんが元気になったという報告くらいはしておかなければ。

用件だけ、用件だけと念じて通話ボタンを押す。


「おうなまえ、どうしたんだ」


ひさしぶりに名前をよばれて、どきっと言うよりはひやっとしたものが背筋をはしる。


「あ…三郎?あのね、伊助ちゃん無事に元気になったから」
「そうか、なによりだ」
「うん、報告だけ。それじゃ、」
「おい待てよ。今日これから時間あるか?」


…なんだか嫌な流れだな、と携帯を握る手に力がこもる。けれど予定がある と言ったところで見破られるのは決まったようなものなので おとなしくこたえることにした。


「…とくにないけど」
「じゃあお前ん家の近くの川原の橋のところに来い。伊助つれて」


川原に呼びだされるなんて。ヤンキー映画でよくある展開だけど、殴られたりでもするんだろうか。通話が終わった音を聞いたまま立ちつくす。だんだん渋い顔になっているのを自覚していると、鍵盤ハーモニカを置いた伊助ちゃんが ぱたぱたと寄ってきた。


「どうしたんですか?」
「伊助ちゃん、お出かけするよ」
「どこに?」


この間買った子ども用のジャケットを着せて、首もとが寒そうだったので 昔使っていたチェックのマフラーを巻く。

わあこれあったかいですね、とよろこぶ伊助ちゃんの手をひいて、お昼前 家を出た。





外はどんよりとした雲が空一面を覆っていて、建物の隙間を縫って吹いてくる風はぴしゃりと冷たかった。秋がどんどん冬になっていく。こうやってもっと寒くなったら 雪がふる季節ももうすぐそこだ。

曇り空の下を 寒さをまぎらわすようにずんずんと歩いて着いた橋の下。すでに待っていた三郎を見るなり、伊助ちゃんはびっくりした様子で歩みをとめた。


「不破先輩!?」
「…なにお前、雷蔵のこと知ってんの?」
「…ま、まさか鉢屋先輩ですか!?」


伊助ちゃんはおそるおそる手をのばすと、膝を折って視線の高さをあわせた三郎のほっぺを とつぜんぐにぐにと引っぱりだした。


「どうして私の名前知ってるんだ」


顔の皮を引きはがされそうな勢いでひっぱられながら、三郎が横目でじろりと見てくる。
わたしも伊助ちゃんの急な発言にとまどいながらも、えーっと と記憶をさぐった。


「もしかしてわたしがどっかで三郎の名前言ったのかなあ…」
「でもなまえ雷蔵のことは知らないよな?…まぁいいか。とりあえず、」


三郎は顔をつねる伊助ちゃんの手を下ろさせると、もっていた紙袋をずいっとつきだしてきた。


「キャッチボールするぞ」





困惑した顔でグローブをはめていた伊助ちゃんも、三郎が行くぞー、という声とともに投げた野球ボールを見事に受け止めた。だんだん距離を離しても、どんな角度や速さで投げてもそれはきれいなキャッチを見せるのに、なぜか投げ返そうとすると たいていボールは横で見ているわたしのもとに飛んでくる。どうしてこんなところに飛んでくるの!あぶない!と必死に移動するわたしを指差して三郎が笑い、それを見ていたらわたしもなんだかおかしくなって大笑いしてしまった。伊助ちゃんだけが 申し訳なさそうにしている。


「投げたものが味方に命中してしまうのは、一年は組のお約束なんです」


なんだそりゃ。相変わらず不思議なことを口走る子だなとおもっていたら、今度はわたしに向かって投げると言いだした。やめてよぶつかるよ!と身構えていると、わたしに投げたはずのボールはなぜか三郎のグローブにぴったりおさまった。意味が分からなくて爆笑するしかないわたしに、伊助ちゃんも満足そうにわらった。




ひとしきりキャッチボールを続けたあと、近くのパン屋さんで買ってきたお昼ごはんを並んで食べながら、わたしはぽつりとこぼした。


「こんなことだってわかってたら、おべんとうくらい作ってきたのに。殴られるかとおもってたから」
「なんでそうなるんだよ。ていうか作れないだろ」
「いや、おむすびかカレーなら」
「またカレーですか」
「伊助ちゃんすきじゃん」
「伊助こいつの飯食ってるのか?だいじょうぶか?」
「…見た目ほどまずくはないですよ、だいじょうぶです」
「ふたりしてひどくない?」
「私には一度も料理なんてしてくれなかったぞ。命拾いしてたんだな」
「ほんとにひどい」


111002



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