ゆうべ、寒くて寒くてしかたがなかった。だからかな。今朝、からだがだるくて頭が痛い。寒いのに暑くて、皮膚がぴりぴりする。
これは、まぎれもなく、熱を出してしまった。
まだまだ寒い三月に、押し入れで数週間も寝起きしていたせいかしら。

けれどわたしが熱を出そうと倒れようと、やらなくてはいけないことは変わらずそこにある。朝ごはんを作り、洗濯ものをして、あ、きょうは綾部さんのお布団も干そうとおもってたんだ。お部屋の前にお布団を出しといてくださいねって言っておいたらよかった…
あれ、でもきょうは雨だった気もする。どうだっけ。頭が痛いよ。
必死に押し入れの戸を開けたところで、わたしは意識を手放してしまった。


みょうじさん、みょうじさん、
かすかに聞こえた声に、ふっと瞼が持ち上がった。うっすら、ぼんやりした視界いっぱいに、仄暗い押し入れの天井。
声のした方に顔を向けると、開け放された押し入れの戸の向こうから、綾部さんがこちらを覗きこんでいた。


「みょうじさん、」
「綾部さん…」
「すごい熱」


やっぱり熱なんだ。額にひやりとしたものを感じ、なんだろうとさわってみようとして、はじめて自分の片手が綾部さんにしっかり握られていたことを知った。
動かそうとしたら、ますますぎゅうっと握られる手。
どうやら、綾部さんは冷たいタオルを乗せてくれたらしい。


この間の夜、なんとはなしにお夜食のことをたずねたとき、にべもなく断られてしまったこと。べつに、傷ついたとか気にしてるとかそんなのじゃないけれど、わたしはそのとき、ようやく掴もうとしてた綾部さんとの距離の取り方が少しばかりあやふやになってしまっていたのだ。どこまでやっていいのかしら。お部屋に入ったことはないし、お掃除もきっと自分でやってらっしゃるんだろう。わたしはその他のお家の中のお掃除とごはんと、それでいいはず。なんだけれど。
お夕飯が一緒になったとき、ふっとどういう顔をしていたらいいのかわからなくなってしまったり、べつになんでもないただの家主と家事代行で、雇われているだけなんだけど一緒に住んでいて。
だから、綾部さんの顔をちゃんと見るのはすこし久しぶりな気がした。


「きょうは休んで」
「でも…」
「雨だから。大丈夫」


突然転がりこむみたいな形で住みはじめて、家事代行の真似ごとをして、急に熱出してなにもできなくなって。熱のせいか、どんどん考え方が悲しい方にいってしまう。自分が情けないのと、こんなどうしようもないところを綾部さんに見られてはずかしいのとで、なんだかじわじわと涙があふれてきてしまった。どうしよう、ますますわたし情けないよ。でも止まらない。綾部さんのことも見れない。

ほてった頬にひやりと乾いた感触がして、それは綾部さんのもう片方の手だった。ふわりとふれたまま、親指で涙を拭われた。それでも次から次へと、ぽろぽろ泣いてしまう。綾部さんはそれを懲りもせずに拭う。


「こんな寒いところで寝かせてて、私も悪かったんだよ。ごめんね」


ちがいます、ちがうんです。
声にならずにそれは消えて、わたしはどうしようもなくなって ふたたび目を閉じた。





次に目が覚めたとき、とても温かな場所にいた。座布団に毛布じゃなくて、ちゃんとしたお布団で寝ている。窓もあって、外はうららかな空で、あぁ、ここは、

綾部さんのお部屋なんだ。


「目が覚めた?」


机をはさんで向こう側に座っていた綾部さんと目があった。綾部さん、と呼んだ声はかすれて、わたしはちょっと咳をする。


「わたし…」
「丸一日寝ていたんだよ」


そう言いながらお水をくれた。看病させてしまって、ほんとうに申し訳ないなあ。


「お布団…」
「あそこじゃ寒いから、ここまできみを運んだ」
「…すみません」


そんな場合じゃないとわかっていても、とてもはずかしい。わたし重かったかしら。パジャマめくれてなかったかな。変な寝言とか、うわ言とか、でもそれより、


「綾部さん、眠れてないですよね…?わたしお布団占領しちゃって、」


締切近いから、とあっさり返事をしながらも、綾部さんはおおきなあくびをした。


きのうよりもずっと体調がおちついて、頭もはっきりしてきただけに、きのうのことをおもいだすと本当にはずかしくなった。わたし、綾部さんの前で泣いてしまった。綾部さんは手をぎゅうっと握って、涙を拭いてくれた。


どこかとろんとした目で作業をつづける綾部さんを見ていたら、もしかしてあれは熱特有の夢だったのかも、とおもって、それはそれではずかしくてたまらなかった。



101216
240405 一部修正



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