実家の両親からふたたび文が届いた。もしも学園にいづらければ 家に戻ってきてもいいとのこと。わたしもたいがいうっかり屋だけれど お父さんもお母さんもやはりうっかりしたところがあるので、きっとこの間の手紙に書きそびれていたのをおもいだし もう一度文をくれたのだろう。

手紙をたたんで、外をながめる。ほころんだ梅の木から うぐいすが飛びたっていった。

さて 困ったものだ。ぜいたくなことに、選択肢がひろがってしまった。どうがんばってもいま こうしたいだとか ああしたいだとか、おもいつく気がしないなあ と頭をなやませて、ふとひらめく。
わたしがここにいるべきか否か、公正に判断してくれるひとに聞いてみよう。


「こんにちは」
「おー、お前は作兵衛んとこの」
「みょうじです、富松先輩 いらっしゃいますか」
「ちょっと待ってな、呼んでくる」


富松先輩のお部屋の前、縁側にねそべっていた次屋先輩は のっそりと立ちあがると、作兵衛 と呼びながら、いままさにわたしが歩いてきた方向へと進んでいってしまった。

遠ざかる背中をながめながら どうしたものかと思案していると、お部屋の戸がすぱん と小気味よくひらいて 富松先輩がとびだしてきた。


「こら三之助!…ってみょうじ!?な、何してんだ」
「富松先輩にお話があって、次屋先輩が呼んでくださろうとしたら…」
「あ、あああ…わかった、俺あいつつかまえてくるから 半刻後に食堂な!」


すでに見えなくなった次屋先輩を追いかけ、富松先輩はいきおいよく走っていってしまった。
お気をつけて、ちいさく手をふる。


ところがその半刻後 食堂でいくら待っても富松先輩はいらっしゃらず、あのとき次屋先輩を制していられれば と罪悪感がはらはら積もった。富松先輩が部屋まで来てくださったのは、その翌朝のことだった。同室のあやかちゃんが先輩来ているよ、と声をかけてくれたとき わたしは案の定夢のなかだったらしい。約束をやぶって申し訳ないからうどんでもおごる、起きたら門の前に来い との伝言で、富松先輩ってほんと どこまでしっかりした先輩なのだろう。

身じたくをととのえて外に出ると、空は薄い雲におおわれていた。きりりとした風に髪をくすぐられながら 富松先輩とつれだって町へ歩く。


「お気づかいさせてしまって ごめんなさい」
「いや、俺こそ……じゃねえ、お前 どうしたんだ」
「えっと」
「話があるってんだろ」


そうだ、すっかりおでかけ気分で浮かれていた。


「先輩、用具委員会 人手は足りてますでしょうか…」
「は?」
「わたし、先日池田三郎次くんの許婚ではなくなって、」


学園に残ろうかどうしようかまだ考えていて、参考までに 用具委員会の事情をお聞きしたかったのです。

ことばを継いでいきながら、あ、わたしちょっとめんどうなひとになっている とおもった。ほんとうは願っていたのかもしれない。やりたいことはまだ見つからなくて 学園にいようか、けれど くのいちになる覚悟もきめられず、あわよくばどこかで必要とされたりしたなら。
なんてむしがよくて、自己中心的な考えだろう。気づいてすこしぼうぜんとして それからどんどん視線が落ちてゆくのを感じた。富松先輩にたいせつな時間を使わせて こんなことを相談しようとしていただなんて。富松先輩がいたわるようにこちらを見つめているのもまたつらく 沈みかける気もちに ああ、ほんとうにめんどうなひとになってしまっている。

ぽん、と頭のうえに 厚いてのひらが乗った。


「たしかに毎日 次から次へと仕事は舞いこんでくるが、しんべヱも喜三太も平太もよくやってくれてる」
「はい」
「お前ひとり抜けて回らないわけじゃねえが、お前がいた方があいつらがよろこぶのは確実だな」
「…はい」
「それに…たすかる」
「先輩、」
「ど、どうした」
「なんだか、食満先輩にそっくり」


ふふ、と口の端からわらいがこぼれると むずがゆそうな顔をしていた富松先輩も、みるみるうちにくしゃりとえがおになった。


「食満先輩、前に 娘を嫁に出す父親の気もちだ言ってたことあったぞ」
「えっ」
「お前と池田のこと。……今はな、わからないでもねえんだ」


ちちうえ、ちいさな声で呼んでみれば やめろと即座につりあがる眉。

知らぬまに撒かれていた種のように、わたしはすくすく育ったあたたかい蔓にかこまれていたのだ。



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