「いまね、チョコレートケーキが食べたいの すごく」
「こんな夜中だよ。身体によくないって」
「そうだよね…」
「まあ、わからなくもないけど」


電話のむこうで、伊助がひそやかにわらいをこぼす。伊助はあまいものがすきだ。とは言っても たっぷりのクリームやカスタードじゃなくて、ビターチョコとか果物とか そういう類の。

カーテンをしめたひとりの部屋で、日中の光をたっぷりあびた洗濯物をもくもくとたたむ。雲ひとつない空がうれしくて、今日はついたくさん洗濯をしてしまった。


「わたしがケーキをたくさん食べて、ふとってしまったら別れる?」
「…意外。なまえがそういうこと聞くの」
「そうかなあ」
「別れないよ。でも、身体にわるいことするのはだめ」


気まぐれでふざけた質問にも、いつだって伊助はきちんとした答えをくれる。いまごろきっと、きれいに浮いた喉ぼとけのあるほそい首、その裏に手をあてて すこし困ったような顔をしているのが目にうかぶ。そういうところが 伊助の、清潔で懐のふかいような そんな雰囲気を形づくっているのだろうな。伊助のそばはいごこちがいい。ちかくにいなくても、こうして電話で話をしているだけで ふと気づけば安らいでいるのだもの。

しんとした真夜中の ちいさな声の応酬は、明日もあるからまたね と終わった。電話をおいてひと息をつき、洗濯物のつづきに手をのばすと なにかがさついたものをつかんだ。ひっぱりだしてみたらそれは 先週伊助が置いていった 彼のジーンズだった。

伊助はとびぬけて背がたかいわけではないけれど ほっそりとしていそうに見えて ちゃんとひきしまっていたり、足も長いし いわゆるスタイルがいいひとだとおもう。持ちあげてみたジーンズはすんなりとほそくて、わたしの家の洗剤の匂いにそまっていた。
ふとってしまったら、別れる?さっきの何気ないことばに背中をおされるように立ちあがり、パジャマがわりのワンピースのすそからのぞく脚と、伊助のジーンズとを見くらべる。つまさきをぴんとのばし、ゆっくりとそれにくぐらせる。クローゼットからベルトをとりだして、すそを何回か折って足首を出せば なんだかとってもいい感じにおさまった。
どれだけほそく見えても、おとこのこなのだなあ。洗いたてのきゅっとした肌ざわりがいとおしいジーンズ、わたしにはやっぱり大きかった。鏡の前に立ってみてから、ふとしたできごころで いちばんお気にいりの、綿のレースのついたおでかけ用のキャミソールに着がえる。華奢な肩ひもとおとこのこのデニムがいっしょにいる状態、わたしはとてもすきだよ。カーディガンをはおって、バッグを持てば あしたのお洋服が決まってしまった。

伊助のことだから、きっとすぐに気づいてくれるだろう。びっくりするかなあ。はずかしそうにわらうかなあ。待ちあわせは十一時、眠れる時間をかぞえながら、わたしは幸福な気もちでベッドにもぐりこんだ。


130915

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