滞りなく活動していた生物委員会の平和は、三回目にしてあっけなく崩れ去ってしまった。台風一過の朝、真新しくひかる空の下 校舎裏の生物小屋は屋根が飛ばされてしまっていたのだ。

うさぎやにわとりたちが みんなそろっていることを確認し、ちいさく安心する。こころなしか 不安そうな顔をした彼らに ごめんね、声には出さずに謝った。
虫小屋の前では、孫兵がうすい背中をまるめてうずくまっていた。さいわい壊れてはいないものの、きのうの風で戸が開いてしまったみたいで 虫たちは一匹のこらずいなくなっていた。白い頬にガラス細工のような涙を伝わせる孫兵は、こんなときにおもうことではないのだけど その、はかない色気が漂っていて なんだかどぎまぎしてしまう。


「きのうの雨で虫たち、無事じゃないかもしれない」
「だいじょうぶだよ、どこかで雨宿りしてたって」
「でも、でも 先輩…」
「いっしょに探しにいこう。みんな孫兵のこと待ってるよ」


わたしより背の高くなった孫兵の腕をひいて 立ちあがらせていると、校庭のほうから鉢屋が歩いてきた。


「お、おはよう」


いまだぎこちないあいさつは華麗に流され、鉢屋はこわれかけた飼育小屋に眉をひそめる。


「ひどいありさまだな」
「台風で屋根、とれちゃったみたいで」
「中のやつらは無事なのか?」
「う、うん。虫以外は…」


ふたたびしゅんとなる孫兵の横で わたしもうつむく。鉢屋が動物たちを気にかけてくれたことは すこしだけ意外だった。決められた作業以上の感情は、まったく持たないひとに見えていたから。


「ほら、教員室行くぞ」
「え、だって虫たちが」
「何言ってんだ、木下先生に報告して 残りのやつらを安全なところに移さなきゃだろ。虫はそのあとだ」


びしっとした口調に怖気づきながらも、鉢屋の言っていることはもっともだったので 踵を返した背すじを追う。腕をぐい と控えめに引かれてふり返ると、孫兵が温度のないくちびるをかみしめていた。


「孫兵、さきに虫たち探してて。わたしたち すぐにもどってくるよ」





飼育小屋の状態を見た木下先生は、なんとも非情なことに わたしと鉢屋へおつかいを言いわたした。修理に必要な木材を切らしているという。ほんとうに血も涙もない。わたし今とても虫探しをしたい気分なんだけど なんて、そんな冗談 鉢屋には言えず、先生がおつかいメモを書いてくれるのをじっと待った。


「隣町のホームセンターか」


わたされたメモをながめながら、鉢屋がつぶやく。


「どうしてですか!ホームセンターならすぐそこにもあるのに…」
「みょうじおまえな、予算がないことくらい解ってるだろ、そっちの方が安いんだよ。ついでにこいつも診てもらって来い」


片手でひょいと持ちあげられたうさぎが、わたしの腕へとたくされる。


「よく見ろ。右足を怪我してる。きのうやったんだろうな」


無邪気に耳をゆらすうさぎのあたたかさと 軽蔑するような鉢屋の視線がつらくて、ごめんね 今度は声にだして うさぎのまるい背中をなでた。




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