「本当に!ご迷惑おかけしました!」


夏休み最後の委員会、帰ってきた竹谷はまっくろに日焼けしていて 傷んだ髪をゆらしてわたしと孫兵に深々と頭をさげた。反応にこまって立ちつくすわたしたちに、ちんすこうや紫いもタルトなど 沖縄のお菓子をつぎつぎとにぎらせる。


「いや、まじでごめん すまなかった。お前らにはたくさん大変なおもいさせたよな。でももう俺帰ってきたから、頼っていいんだからな」


生き物たちとひさしぶりの再会に感極まっていたのか、わたしたちのことまでだきしめようとする竹谷から さりげなく距離をおきながら、孫兵と顔を見あわせる。淡い色をした瞳の奥で、ふしぎな光がゆれていた。


「鉢屋先輩は立派に委員長代理の代理を務めてらっしゃいました」
「あ、あいつさぼったりしなかったのか?」
「うん。いつもちゃんと来て、ちゃんと仕事してくれてたよ」


意外だな、とかよかった とひとりごちて 竹谷は安心しているみたいだった。うんうんと頷く様子にほっとしながらも どうしても 鉢屋がいなくなった穴から目をそらすことができなかった。夏休みの前はそんなものなかったというのに ひと月たらずの間で、鉢屋はこの委員会の時間にとつぜんあらわれ、去っていくかわりにぽっかりと風穴をのこしていった。くやしいことに、とても さみしい。




始業式の日も、朝から委員会だった。午後は竹谷が部活の練習なので、朝早くから集まって掃除をすることになったのだ。眠そうな目をこする竹谷と、いつもどおりの孫兵。ふたりを見ていたら、なんだか もう鉢屋がもどってきてくれることはないのだなあとあらためて実感して 胸のおくがひっそりつめたくなる。9月になったとはいえ、まだまだ日ざしは強い。それでも長袖のシャツをひじの下まで折って着ているあたり わたしはもう 夏をあきらめかけているのかもしれない。

意外と時間ぎりぎりに掃除を終えたせいで、あわてて教室へむかうことになった。ろ組の前をとおるとき、なにげなく中を覗いてみたけれど 鉢屋の姿は見えない。遅刻なのかな、それとも 今日はお休みとか。
あからさまに気になっている自分に辟易しながら、ふと 飼育小屋の鍵を返し忘れたことをおもいだした。いけない、木下先生に怒られてしまう。気が気じゃないまま始業式をやりすごし、ホームルームが終わると同時に教室をとびだして 校庭のすみへ走った。

じわりと額に汗がにじみ、まぶしい光に目がくらむ。かばんからタオルを出しながら確認した飼育小屋の鍵は、おかしなことにきっちり閉まっていた。

あれ、へんだな。竹谷が返しにいってくれたのかな、でも朝はいっしょに校舎までもどったはず。首をひねってもらちがあかず、しかたないのでうさぎたちと柵ごしにたわむれていると 校舎のほうから ひと夏ぶん見慣れた、一週間ぶんのなつかしさのつのった人影が歩いてくる。見間違えるはずなんてない、あれは たしかに鉢屋だ。

まさかとおもっていたけれど、こちらへむかう足どりはしっかりしたもので 自意識過剰でなければ 鉢屋はわたしのほうを見て、にやりと笑みをうかべていた。


「鉢屋、どうして」
「鍵。木下先生にばれてたら大目玉喰らうところだったぞ」
「返しにいってくれてたの?」


頷きはせず、余裕の表情でかわしてきたところがなんともこころ憎くてなつかしくてうれしい。ついつい浮かれたおしゃべりが口をつきそうになるのを必死におさえていると、鉢屋が先に言葉をなげた。


「お前さ、泣いてたろ。あのとき、バスの中で」


ひとことひとこと意味をかみ砕き、理解したところで ようやくはずかしさに背すじが凍る。気づかれていたのか。あれは狸寝入りだったの、それとも 途中から起きていたの。中途半端にもちあがった口角をどうすることもできず、あはは、となさけない笑いがこぼれおちた。


「どうして泣いていたか、その理由だけ聞きにきた」
「……花火大会にさそわれてたんだけどさあ、行かれなくて残念で」
「見えすいた嘘をつくんじゃない」


ふふん、と さもたのしそうに鉢屋は腕を組み、わたしは肩をちぢめた。そんなこと、今さら聞かれたってわからないよ。あのときはきっと、へんな方向に気もちがあがってしまっていた。

言いわけさがしを早々にあきらめると、鉢屋に言いたかったことをひとつ おもいだした。


「わたしね たばこ、あれから吸ってないよ」
「べつにやめろとは言っていない」
「うん、でも、なんとなく なんとなくだけど、鉢屋がくれた飴もってたら だいじょうぶな気がして」


にやにや笑いを顔から追い出した鉢屋は ふとうつむいて、言葉の意味をわからず使うやつは好きじゃない、とちいさな声で言い、置いていたかばんをとった。


「ほら、帰るぞ」
「え」
「何だ、まだ仕事が残ってるのか」


茶色い前髪が、風にゆれている。ふたえの瞼のしたの、こちらをうかがうようなまなざしに そっと息をのんでしまう。


「いいの?」


いっしょに帰っていい?まだ友だちでいてもいい?わたしがとなりに立っていてもいい?
すべてのゆるしをもとめた、勇気をふりしぼった問いに 鉢屋は穏やかにわらって、ゆっくり頷いた。

意外とひろい背中におずおずと追いつけば あたり前のことのように 鉢屋はわたしの手をとった。驚きのあまり、ぎゃっとさけんで手をはなすと 一拍おいてからくすくすと肩をふるわせている。


「みょうじ、そんなんじゃ これから大変だぞ」


これから。これから、わたしたちはどこへ向かうというのだろう。いつまで友だちでいられるのだろう。やがて秋が深まって、冬がきて 春がおとずれまた夏がめぐってきても 鉢屋のとなりにいてもいいのだろうか。わからないけど、うれしい。いつ終わってしまうとしても いまとても わくわくしている。ふり返ったさきの飼育小屋は まだまだつよい日ざしをさけるように佇み、そこにたしかにのこっている夏のおもかげに 消えないで、声にはださずに、祈っていた。



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