真夏よりもまぶしい初夏の日ざしの下、秀作くんとわたしはおどろくほどの集中力で薬草園をきれいにしていった。 草を抜いていくだけの作業を延々とつづけ、ふと立ち上がって見渡してみれば さっきまでの雑草だらけの畑とはうってかわって やわらかな畝がひろがっている。

首すじの汗をぬぐっていると、畑をはさんで雑草を抜いていた秀作くんと目があう。きれいになったね うれしいね、そう伝えたくて口をひらくけれど、声が出ないことをおもいだして 言葉は宙をさまよった。


気づけば指さきも着物の裾も土でよごれてしまっていて、井戸を借りて手を洗わせてもらった。休憩にしましょう、と言った秀作くんは、薬草園の近くにあった大きな木の根もとに座って わたしもそれにならう。


「今日はずいぶん、がんばれたなぁ」


畑を眺めて満足そうにひとりごちた秀作くんに、ふと たずねたくなったことがあった。優作さんからは、秀作くんは忍者になりたがっていると聞いていた。わたしは忍のしていることも事務員さんのお仕事についてもよくは知らないけれど、ふたつの仕事は そこまで近くないのではないかな。秀作くんは忍になるのをあきらめてしまったのだろうか。いま、たのしいのかな。

近くに落ちていた小枝をひろって、地面にいくつか文字をならべてゆく。秀作くんはわたしの手もとを見ながら、すこし悩んでいたけれど、やがてぽん、と膝を打つと笑顔になった。


「毎日とってもたのしいですよ。先生方も生徒のみんなもいいひとばかりだし、事務員の仕事も好きなんです。いつかは忍者になるためにちょっとずつ練習してるけど、今はこれで たのしいから」


よかった。地面に書いた四文字にはにかんだ秀作くんは、それからうつむいてぽつりぽつりと言う。


「…でも、家族と離れているから、心配になったり会いたくなったりすることはよくあります。優作兄ちゃん最近、来てくれないからなぁ」


たしかに、このところ扇子屋さんのお仕事が忙しくなったのと わたしがこんなことになってお店番をできなくなったせいで 優作さんはとても大変そうだった。そのことで、秀作くんにまでさみしいおもいをさせていただなんて。
どうしようもなく、申しわけない気もちになった。
せめて、せめてわたしにできること なにかひとつでもないだろうか。ごめんねも伝えられなくなってしまった喉を ここまで情けなくくやしくおもうことははじめてだった。

あれでもない、これでもない、と頭の中を必死に探して ようやくひとつだけ あったかもしれない。わたしができること。


こわい気もちがないわけではなかったけれど、そろそろと両手をのばして、秀作くんの顔にふれる。目を丸くした彼の頬をぽんぽんとたたいて、額をよせた。優作さんのおまじない。わたしが不安になったときや泣きそうなときに よくやってくれること。優作さんは人をひたひたにできるほどの愛情を たくさんたくさん持っていて、今はそれをわたしばかりが享受していて これはその、せめてものおすそわけのつもりで。


顔を離すと、秀作くんは目をまんまるにしたまま わたしの顔をまじまじとのぞきこんできた。むずかしいかもしれないけれど、この気もちがちゃんと 伝わっていますように。そう願いながら わたしもどうにか視線をそらさないようにと くちびるを引きむすぶ。たっぷりと時間をかけてから、秀作くんは口をひらいた。


「なんだか、懐かしいな」


ちいさな声は、ちらちらとまぶしく光るこもれびにかき消されて どうにか拾おうと耳に手を添える。けれどそれも意味を成さず、彼はおおきなあくびをひとつこぼした。


「ああ、また眠くなってきちゃった」


さっきも寝たばっかりなのになぁ、つぶやきながらも木の幹にもたれて舟を漕ぎだしている。葉っぱに透けたみどりの光が 秀作くんのすこやかな瞼をすべりおりていった。なんて不思議な子なんだろう。秀作くんにできることなら なんでもしてあげたくなる。彼がわたしに何かを与えてくれたわけでも 失敗ばかりしていても そういうことは関係なく、血のつながりでもなんでもなくて ただ大切にしたくなる。自分がこんな気もちになるなんて、考えたこともなかった。秀作くんはすごいひとだ。優作さんとはまた違うところで、神さまより 仏さまより偉大かもしれない。

ずっと懐にしまってあった 一通の文をとりだす。お掃除をして、入門票を書いて、雑草抜きをして。いっぱいがんばった手のひらにそれをそっとにぎらせると、わたしは立ち上がって砂を払った。



120513




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