ひさしぶりに本を借りに図書室に行った。中在家先輩が金平糖をくれた。普段あんまりかかわりがないだけに なんでだろうな、めずらしいな。雷蔵くんはいなかった。
ジュンコちゃんがお部屋にあそびにきたので、お散歩がてら 孫兵くんのところまでいっしょに行った。飼育小屋には 竹谷くん以外の生物委員さんたちがみんな集まっていて、孫兵くんはうれしそうにうれしそうにジュンコちゃんにかけよって、わたしにお礼をいってくれた。
先生にたのまれた資料をもらいに、学級委員長委員会の委員会室まで。黒木くんと今福くんがふたりだけで、まじめな顔をして何か話しこんでいた。
それでわたしは、きょうやることを すべて終えてしまったのだった。
こまったものです。
本はなんでだか、ぜんぜん読みすすめられない。中在家先輩にもらった金平糖は、…うん、まだ食べないんだ。ジュンコちゃんとあそびたかったけど、もう孫兵くんのところに帰ってしまったし。孫兵くん、うれしそうだったな。ジュンコちゃんも満足そうな感じだった。いいな。わたしはわたしは、
ざわざわ、門の方から声と足音がした。…もしかして!いやでも、もう3回も間違えて駆け出して行ってしまってるし、今度もちがうんだろうな、
……でも、もしかしたら!
帰ってきたのかも、帰ってきてくれたのかもしれない!すぱん、と勢いよく障子をひらいて、縁側を走る。期待しちゃだめ、期待しちゃだめ、必死になって自分に言い聞かすのとうらはらに、期待はむくむくとわたしのなかでふくらんでいってしまう。
次の角をまがって、中庭を突っきって、壁をとびこえて門の方に、
どん。
角をまがった出会いがしらに、なにかに衝突した。痛くないから、柱ではないな。ひとだ!
謝らなきゃ、と体をはなそうとしたら ぎゅう としめつけられる感覚がした。
「ただいま、なまえ」
あのやさしくて低くて、どんなものよりわたしを落ちつかせてくれる声が、胸板によせられた耳に 直接ながれこんできた。
へいすけくん。
名前をよびたいのをがんばってがまんした。だって最初はこう言うんだって、ひと月もまえから決めていたんだよ。
「おかえりなさい」
五年生はみんな、ひと月かかる実習に行っていた。ひと月もかかるということは、それだけむずかしいし大変だし今後にかかわってくるものだということだった。これだけ長いのはほんとうにひさしぶりで、上級生にあがるとき以来のおおきな実習で、そ、それはたしかに十日ていどの実習ならしょっちゅうあるけど、でもやっぱりひと月もかかるといろいろいっぱい不安になって、帰ってきてくれないんじゃないかとか けがしてないかなとか こわいおもいもたくさんしたんだろうなとか ああでもやっぱり言いたくて、おかえりなさいって、ちゃんと伝えたくて、
ぎゅうぎゅうと 腕にちからをこめて、ひと月ぶんのなつかしさが募った温もりをだきしめる。兵助くんもおだやかな笑いをこぼしながらだきしめかえしてくれた。ふふ、わたしいまきっと、さっきの孫兵くんみたいな顔してるよ。うれしくてなつかしくて、ああもうここ長屋なのにとか、どうでもいいや。
「…一か月、長かった」
「わたしも」
「いろいろあったし、危なかったりしたけど、ちゃんと帰ってきたから、」
「、うん」
「なまえのところに、ちゃんと帰ってこれたから、」
「……、ん」
「…よかった」
もっともっと、いっぱいしゃべってください。ずっとでもいいくらい、いまは声をきいていたい気がするんだよ。兵助くんがいないあいだの不安だとかさみしさなんて、もう一秒で消えてしまったよ。
だきしめる力がいっそう強くなった。
窒息しちゃうよ。あ、ごめん。せっかく帰ってきてくれたのに、わたしがいま死んじゃったら意味ないよ。はは、そうだよな。
ひろえないくらいにささいな会話も しぐさも 目配せも 兵助くんのぜんぶがぜんぶが、わたしにとって
どうしようもなく宝もので、それはもう困ってしまうほど。
おはよう、ありがとう、ただいまおかえりおやすみなさい。さようなら は なしね。数えきれない挨拶を、これからもあなたと共にしたいのです。