律義なドアのチャイムが律義な鳴らされ方をして、ドアを開けたら久々知くん。まだ冬にはすこしばかり早いのに、チェックのマフラーで顔がはんぶん隠れている。のこりはんぶんの顔で、久々知くんはほっとした表情になった。


おじゃまします では疎遠すぎるし、ただいま では親密すぎるしで、わたしの部屋にあがるとき 久々知くんはなにも言わない。照れたような困ったようなあいまいな無表情で、わたしのことをちょっとだけ見つめる、それが合図。

マフラーをとってジャケットをぬぐと、彼は部屋のまんなかに置かれたソファに寝そべった。これもいつものこと。わたしの部屋にベッドはない。かわりに深い深い緑色をした、ひとめぼれで買ったアンティークのソファがひとつきり。ふだんわたしが寝起きしているここが、久々知くんはいたくお気に入りらしい。


「充電しに来た」
「ゆっくりしてていいよ」
「わかってる、」


おだやかにわらって、彼は瞼をおろしてしまった。


久々知くんがふだんどこでなにをしているひとなのか、正直なところわたしはよく知らない。名前と年齢と性別(これは推測だけれど)だけだ。そもそも彼とはじめて会ったのはわたしがアルバイトしていたお豆腐やさんの店先で、彼は絹ごし豆腐と木綿豆腐とを一丁ずつ買っていき、以来お店の常連さんになった。無口で無表情で、でもお豆腐をわたすとほんのすこしほころんだように見えるくちもとが、なんだかとてもかわいいなとおもっていた。そうしたらむこうもわたしをかわいいなとおもっていたらしく、気づいたらこいびとのような、そうでないような今におちついていた。


充電を待つあいだ、わたしはけっこう好きかってにしていたりする。本をよんだりお茶をしたり、いまは冬にむけてニットの帽子を量産したりしている。出かけてしまったこともある。ユキちゃんには 素性のわからない男を家にあげて出かけたり、挙句の果てに合鍵をわたすなんてなまえなにしてるの、ふつうにおかしいから、と呆れながら怒って心配された。ユキちゃんは器用だな。みっつのことがいっぺんにできる。
久々知くんが充電と称して部屋に来て、ソファで休んだりしていることのあまりの違和感のなさに、そんなに気にいったならわたしのいないときでもどうぞ、とごく自然に合鍵をわたしてしまっていたのだ。久々知くんも器用なひとだ。よく知らないおんなのこから 流れで合鍵をもらえるだなんて。でもとりあえずお豆腐目当てじゃないことはわかってるよ。現にもう、わたしはあのお豆腐屋さんをやめてしまっているのだもの。


ふ、と気配がしてふりかえると、久々知くんが天井を見つめていた。きょうは寝てしまわないのかな。どちらでもいいけれど。


「このまえさ、」


久々知くんのひくい声が、鼓膜をやさしくゆらした。


「来たら、なまえさんが留守だった」


いつのことだろう。


「合鍵で入ったけど、何だかいつもとちがったからすぐに帰ったんだ」
「ちがってた?」
「なんかさむくて。いつもなまえさんの部屋はわりとさむいけれど」


暖房きらいなのだもの。


「人がいるだけでも気温ってあがるのだろうね」
「俺もそうおもった」
「いまごろ久々知くんの部屋もさむいかな」
「帰りたくないなあ」


ふりむいた。目があった。はにかむように困ったように、彼のくちもとは不安定になった。お豆腐をわたしたときみたいなその顔、

すきになってしまったな、そうおもった。


手もとの帽子にむきなおったけれど、編み目がわからなくなってしまった。彼にいたってはまったく深い意味はなかったようで、しばらくするとちいさく寝息がきこえてきた。深緑につつまれて すやすや眠っている久々知くんをみていたら、アンティークのソファーの、いろんなひとが座ってきたながいながい歴史のうえで、お豆腐がすきなふしぎなおとこのこが とくに何も考えずに安心して眠っている。そんな現状が珍妙でおかしくて、なんだかわらいそうになってしまった。


ユキちゃんわたしだめだね。久々知くんがたとえば人ごろしとか強盗とか詐欺師でも、この心地よさだけは嘘をつけないって知ってしまったよ。





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