もとはと言えばお酒の席だった。仲良しどうし端っこのほうでかたまって、梅酒でも飲んでいたいななんておもっていたはずが、うっかり数馬くんのとなりに座ったら 周りはおとこのこばかりだった。数馬くんとはよく話すほうだけど、これじゃあちょっと居心地が悪いなあ。えだまめをつついて遊ぶのにも飽きてきたころ、すっかり出来上がったうーちゃんが わたしの斜め前に座っていた次屋くんのところへやってきて、何やら神妙な顔で話をはじめた。いいな、うーちゃんのところに わたしも行きたい。行ってしまおうか。そんなことを考えながらぼんやり二人を見ていたら、視線に気づいたらしいうーちゃんは勢いよく次屋くんの背中をたたくと、「ね、いいでしょなまえ、次屋と付きあいなよ」と言った。
ビールが逆流したらしい次屋くんは、むせて咳こんでいた。

その帰り道に、次屋くんは送っていくと言ってくれた。なんと言って遠慮しようか考えながらお店を出たとたん、彼は駅とは反対の方向へすたすたと歩いていってしまった。ひょろりと広い背中が遠ざかってゆくのを 立ちつくしたまま眺める。変わったひとだ。



次に彼と会ったのは、週明けの授業の後だった。


「この間はごめん」


ぜんぜん申し訳なさそうな様子もなく謝ってきた次屋くんは、ごつごつとした派手な色の指輪をしていた。


「それ、おもしろい指輪だね」
「これ?」


いる?と聴かれたので、いらないよ と丁重にお断りした。また送っていくと言われたので 門を出てしばらく歩いて、ふとふりかえったら 次屋くんはいつの間にかいなくなっていた。
神隠しじゃありませんように。



それから毎日、次屋くんはわたしを送ってくれるようになった。いつも途中ではぐれてしまって 家に着くころにはすっかりひとりだけれども、翌日また授業が終わると必ずどこかで待っていてくれた。毎日すこしずついっしょに帰る距離が伸びていく気がしたり、かとおもえば門を出てすぐにどこかへ行ってしまったり、次屋くんのはぐれ方はいつも気まぐれ。それが何だかおもしろくて、そう言えば付きあいなよと言われたこともおもいだして、いっしょにわたしの部屋までたどりつけたら 次屋くんのことをすきになっちゃったりして、なんて考えて あわててやめた。


しかし、ピンチはあっけなくやってきた。その日もまた次屋くんは懲りもせずに 送る、と言い わたしは曖昧にわらっていっしょに学校を出た。きのうはぐれたポストを過ぎても、おとといはぐれたコンビニを過ぎても次屋くんはまだ斜め後ろにいる。もともと学校とわたしの家とはのんびり歩いても15分ほどなので、決して長い帰り道ではない。ついに今までの最高記録だったラーメン屋さんを通り越して、次屋くんはじわじわと記録をのばしてゆく。ふたつ先の角を曲がって坂を降りたら、すぐにアパートだ。これはまずい。もしかしたら今日、次屋くんはわたしの部屋まで来れてしまうのかも。そわそわと落ちつかない気もちが二の腕を伝って、指のさきまですべってゆく。ああ、なんだろう この感じ。楽しみとも不安ともつかないものがほんの少しのさみしさを含んで、ふくれあがった気もちが喉をつつく。

曲がり角に着いて、後ろをふり返れば次屋くんはこつぜんと姿を消していた。いない。今日もどこかへ行ってしまったんだ。一瞬かたまった意識に ゆるゆると安心がにじみ出てくる。なんだかとても自由な気もちになって、道のまんなかでひとり はずかしいほどの笑顔になってしまった。やっほう、ひとりごとだって言ってしまう。ちょっと考えて、通りを渡り、家とは反対の方の路地へ入った。

いつも通ることのない道は新鮮で、一軒一軒の家をまじまじと眺めて歩く。もっこうばらの絡まる塀に、アスファルトに散らばる子どもの落書き。けんけんぱを見つけて こっそりやってしまったことは内緒にして、さらに知らない路地へと折れる。家々の間を歩くうちに まだ早い時間だというのにシャンプーのいい匂いがして、ふとおもい浮かんだ歌を静かに口ずさむ。夜空にライト、夜空にライト。雨の日の歌をこんなにいい天気の日におもい出したのは どうしてなんだろう。

スキップまではしないけれど 足取りはふだんの十分の一くらいの軽さで、ゆっくりと歩いているうちに薬局が見えてきた。何も買うものなんてないけれど、足は勝手に広い駐車場をつっきって 自動扉をくぐる。薬局の匂いはきらいじゃないし、涼しいしいいところだなあ。棚と棚の間をすり抜けていたら、ずらりと並んだ色とりどりのマニキュアに目がとまった。お財布には多少の余裕があった気がするから、深い深い青と、蛍光黄みどり。どっちにしよう。交互に見比べていたわたしの後ろから長い指が伸びてきて、蛍光黄みどりのボトルをすっと取ってゆく。どことなく見覚えのある指をたどっていったら、そこに立っていたのはなんと次屋くんだった。
どうして、とか、いつから、とか、湧きでてやまない疑問符の数々に眩暈がする。そんなことにはお構いなしでレジに向かう彼を、はんぶん放心したまま追いかける。歌っていたの、聴かれていたかも。今さらはずかしいことに変わりはないけど、せめてスキップはしなくてよかった。棚の間をぐるぐると回ってレジに着き、お金を払う後ろ姿をぼやぼやと眺める。テープの貼られたマニキュアをわたしの手に握らせて、「おれたちもうちょっと仲良くなれるよ」、次屋くんの左手には、マニキュアと同じ色をした指輪が嵌められていた。


自動ドアを出たとたん、わたしの家とは逆方向へ歩いていく足取りはあの夜よりもしっかりしていて、わたしの胸のあたりにもやわらかな重みが降ってきた、気がした。


120725


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