薬箪笥の整理中に不運が相次ぐのは保健委員会のお約束で、結局片付けには夜通しかかってしまった。みんなで労をねぎらいあってから 医務室の前で別れて、長屋に帰ろうとしたときにふとおもいだす。たしか、今日徹夜をすればすべて終わるって おっしゃっていたっけ。つま先の向きを変え、ひやりと冷えた土を蹴って 夜のゆるんだ中庭を横切る。
ひたひたと足音が響く 静まりかえった廊下を抜けると、曲がり角で潮江先輩と出くわした。いつもに増して濃い隈にびっくりして ひっ、と息を呑んでしまったけれど、とうの潮江先輩は大あくびで通り過ぎていった。いつもぎんぎんなひとがこれなのだから、たいへんな一晩だったのだろう。遠ざかる背中をしばらく見送って、向かうは会計室。


失礼します と小声であいさつをして戸をあけると、部屋の中はまさしく死屍累々。あおむけで倒れている左門くん、そろばんを抱えて呻いている団蔵くんに 筆を持ったまま机に伏している左吉くん。その中でただひとり、田村先輩がよろよろと帳簿の片づけをしていた。
わたしに気づいた先輩の、うつろな目がわずかに見開かれて、彼は緩慢な動きで立ちあがった。団蔵くんの胸の上のそろばんを下ろし、左吉くんの肩を揺する。ふたりが意識を取りもどすと、先輩は左門くんのおでこをぺちぺちと叩いた。一年生たちよりは、こころもち手荒に。私は寝ていない!という元気な声ともに飛び起きた左門くんは、状況がのみこめないらしく きょろきょろと辺りを見まわしている。

田村先輩は すこし考えてから、わたしと左吉くんの手をつながせ、自らは片方で左門くんの手を引き、もう一方で団蔵くんを抱えた。部屋から出て行かれる先輩の後を追って、わたしも眠い目をこする左吉くんをうながす。窓の向こうで、早起きのすずめが鳴く声がした。

眠っている子たちを起こさないように、しずかにしずかに一年長屋の廊下を歩く。冷たい空気には、もう夜の匂いが残っていなくて、わたしもあくびをひとつ。団蔵くんの部屋の戸を引くと、健やかな寝息を立てている虎若くんの隣に きれいに敷かれたおふとんがあった。装束のまま そこにもぐりこんだ団蔵くんは、それなりぴくりとも動かなくなった。よっぽど疲れていたのだろうなぁ。よくがんばったね。短い時間だけれど おやすみ、と声には出さずにささやいて、ゆっくりと戸をしめる。ふりむくと、こちらを見つめていた田村先輩と目があった。またしばらく考えるようなそぶりを見せて、今度は左吉くんとわたしの手をほどかせると 自分が左吉くんの手をとった。両手にふらふらの後輩を連れた先輩のうしろを、用のなくなってしまったわたしはすごすごとついてゆく。

左吉くんの部屋でも、やっぱり伝七くんがおふとんを敷いてくれていた。みんな やさしい子ばかりだ。ありがとうございました、と頭をさげるのは忘れずに、左吉くんも装束のままおふとんに寝ころぶ。おつかれさま。ゆっくり休んでね。

三年長屋のろ組の三人部屋では、三組のおふとんを悠々と使って富松くんと次屋くんが熟睡していた。枕は足もとに、掛け布団は畳の上に。左門くんの寝る場所がないとおもっていたら、左門くんはふたりの間に倒れこみ、そのまま眠りこんでしまった。田村先輩は富松くんの腕をどけ、次屋くんの足をどけてふとんを掛けなおすと、さいごに左門くんのおでこをぺち、と叩いて部屋を後にした。年下の子ならまだしも、同じ学年の男の子たちがお部屋で無防備に寝ているところを見るのは なんだか悪いことをしたような気もちになる。わたしも そっと左門くんのおでこを叩いて、部屋の戸をしめた。

廊下に出ると、それまで後輩たちにそうしていたように 田村先輩はわたしの手首をつかんで歩きはじめた。ひさしぶりに田村先輩にふれて、それはそれはうれしいのだけれど ほかの子たちと同じように引かれた手がすこしだけもどかしくて、うっかり足が止まる。尋ねるようにふりかえった先輩の表情が、ようやくやわらいだ。つかまれていた手がはなれ、指と指がからまると わたしは自然と先輩の横にならんで、こんなの なんだか夢みたいに待っていたこと。

そろばんを弾いていた指が、帳簿をつけていた指が、左吉くんを起こし団蔵くんを抱えて左門くんのおでこを叩いていた指が いまこんなにあたたかくつながっているだなんて。みんなの田村先輩を、わたしだけがひとりじめだ。うれしくてうれしくて くすくす笑いをこぼしたら、髪を引っぱられて 頭がかくんと傾く。


田村先輩の一人部屋にも きれいにふとんが敷かれていた。ゆうべのうちに準備をしてから委員会へ向かったのだろう。さすが先輩、本当にしっかりしたひと。もぐりこんだ先輩につられて、わたしも同じふとんに倒れこんでしまう。ぎゅっと抱きしめられ 身動きがとれなくなると、凍りついていた疲れが身体じゅうににじみ出てくるのがわかった。田村先輩の長い髪からは 淡やかな石鹸の匂いがして、ここはあたたかくてやわらかで わたしの視界にも靄がたちこめてくる。戸の向こうで、鳥の声だけが聴こえていた。



120609



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