* こちらの二年前のお話です




くれぐれも秘密の話。僕となまえちゃんだけの。ふたつ上の短大生と付きあっているなんて知れたら、団蔵あたりが囃したててくるに違いない。なまえちゃんだって、お金も時間もない 親の保護下にある高校生なんかが彼氏だとばれたら、友だちからきっと笑われてしまうだろう。そんなふうに、下世話な見方や邪推に邪魔されたくはなかった。僕となまえちゃんは、特別なのだから。


月に一度、月にたった一度だ。兵太夫に口裏合わせをしてもらって、なまえちゃんの部屋へ泊まりにゆく。もちろん兵太夫にもなまえちゃんのことは話していないけれど、何となくは察してくれているのだろう。そのおかげで生まれた時間を一秒たりとも無駄にしたくはなくて、金曜日の授業が終わってすぐ 僕は駅前でケーキを買ってなまえちゃんの部屋をたずねた。

ゆびの先でチャイムの音がはじけると、ドアの向こうでぱたぱたと動き回る音が聴こえた。家にいてくれてよかった、という安心と 奇妙な色の期待と不安が綯い交ぜになり、早く早くと心臓が鳴る。ようやくひらいた扉から顔をのぞかせたなまえちゃんに 満面の笑顔になるのをおさえられるわけがない。玄関に入って後ろ手にドアを閉め、僕より頭ひとつ分ちいさな彼女をぎゅっと、でも 苦しくならないようにそっと抱きしめた。くしゃりとアルミ箔の擦れた音に ケーキの箱を水平に持ち直す。

なまえちゃんの部屋は洗剤のような、シャンプーのようなほのかな匂いに満たされているのに ところどころあわてて片づけをした跡が散らばっていて、そんなところがとてもかわいい。買ってきたケーキにわぁ、とよろこんで、紅茶をいれるためにお湯をわかしにキッチンへ立ったなまえちゃんの後を追う。本当はすぐにでも後ろから抱きついて やわらかい髪にふれたいけれど、そんなもやもやとしたものにはきっちり蓋をして、お皿やカップを出すのを手伝う。実際まだまだ子どもだけれど、必要以上に子どもだとはおもわれたくない。がっついてるだとかは そんな、論外だ。


「三ちゃん、また背が伸びた?」
「…そうかな?」


夜寝るときに関節や骨が痛いことなんて、もう何年か続いている。ぜったいに伸びてる、と言いながら茶葉を掬うなまえちゃんの爪には、水色とも黄緑ともつかないシャーベットカラーが乗っていた。


「4月からは受験生かぁ」
「うん」
「…きっと、どんどん忙しくなるんだろうなぁ」


つぶやいた横顔がさみしそうに見えたのは、どうかうぬぼれじゃありませんように。うれしくてやるせなくて、でもやっぱりうれしくて、堪えきれずに とうとう華奢な背中に腕を回す。


「忙しくなっても、毎月一度は必ず来るから」
「…うん」
「それだけじゃなくて…呼んでくれたら、いつでも絶対に来るよ」


みょうに真剣な声色になってしまった僕とうらはらに、なまえちゃんはふふ、と笑って それがどこか悲しかった。こんなことを制服で言っているのが果てしなく情けない。


「三ちゃん、かわいいんだねぇ」




まるで宝石でも扱うかのようにモンブランを口に運ぶなまえちゃんは、ちいさな子どものような笑顔でおいしい、と繰り返した。このまま時間の流れが狂って、なまえちゃんがずっとケーキを食べ終わらなければいいのになあ。そんなおもいはちらりとも出さないように慎重に、そうだね と僕もケーキをつつく。明日の夕方に帰るまで、まだ丸一日時間はある。いつも ふたりして眠りこけてしまったり、延々とトランプに興じたり、お互いに本を読んだり散歩に出かけておもいきり遠くまで歩いてしまったりと なまえちゃんとの時間は不思議でいっぱいだ。キスをしたのも、手をつないで眠ったのも、付きあいはじめたことすら順番はばらばらで、世の中で言うところの段階を踏むという考えなんて はなから僕にもなまえちゃんにもなかったのかもしれない。なまえちゃんはいつまで経っても不思議なひとで、そして 彼女のそばは心地よい。十分すぎるほどだ。ほかに、何か望むものなんてあるだろうか。

いちばん最後にと取っておいた てっぺんの栗まで食べ終えたのを見届けて、ごちそうさま といっしょに手を合わせる。短くて仕方がない一日がはじまる。さて、これから何をしようか。



120528


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