あしたが終わったら期末試験で、期末が終われば夏休みで、夏休みが終わったら二学期で、二学期が終わったら授業がなくなって自由登校になる。夏休みがつらいのは確実だし、遊ぶのとかゆっくりするのはおろか、学校まで来ちゃだめなんてなると まぁそんなに学校がだいすきってわけでもなかったけれど、あぁって感じ。
嫌だとか残念とかいうよりも、あぁって感じ。
広げたままの参考書の上にふせて、足をぶらぶらさせる。わたしは座っていると上ばきをぬいでしまうくせがあるので、いま足の先だけはとても自由である。
「みょうじさんと電車に乗って遠くに行く夢を見たよ」
声につられて隣をふりむいたら、何くわぬ顔でお弁当をつついている黒木くんがいた。
「えっ」
「ゆうべの夢にみょうじさんが出てきて、電車で遠くまで行ったんだ」
きのうの晩ごはんはそうめんだったよ とでも言うような調子で話すにはすこし突飛な内容に、数秒間の困惑。ちょっと間をおいてから、わたしの口からふううん、と情けない音がもれた。
上ばきをひっかけて、それとなく姿勢をただす。
黒木くんでも夢とか見るのか。
レム睡眠だっけ、休めてないのかもしれないよ。
「黒木くんは」
「ん?」
「わたしと電車に乗って遠くに行きたいのかなあ」
今度は黒木くんが 鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする番だった(きっとさっきのわたしもこんな表情だったはず、)。いつも冷静で落ちついていて、でもどこか飄々としている黒木くんのこんな顔はたぶん貴重だ。携帯で写真はあまりにも失礼なので、せめて瞼にやきつけておこう。
「あは、そうかもしれない」
「そうかもしれないんだ」
「ほら、夢って欲求とかがあらわれるって言うし」
意外とすんなり肯定されてしまって、わたしはなす術なし。黒木くんと電車に乗って遠くかあ、それもいいね。あまりおしゃべりはもりあがらなそうだけど。
短い昼休みにわいわい騒がしい教室、そのまんなかあたりで、黒木くんとふたりでちょっと静かにしているのがなんだかシュールだった。黒木くんはお母さんが早起きして作ったことがひと目でわかる 手のこんだお弁当をつついていて、わたしも買っておいたメロンパンの袋をするする開けた。糖分大事。
「なんかさぁ、こないだまで全然ふつうにできてたことができなくなったとたん、すごいそれがしたくなるんだよね」
いかにも頭のわるそうな説明になってしまったわたしのことば、それを黒木くんは卵焼きといっしょにちゃんと咀嚼してくれたのか、すこし経ってあぁ、と納得したように言った。
「つまり、そこにあった自由を奪われてから気づくってこと?」
「うーん、テストの前夜に片づけしたくなっちゃうみたいな感じだよ。時間あるときは片づけとかしないのに」
「そうそう、それ」
「あ、うん。じゃあそうだ」
そこにあったじゆうにうばわれてからきづく。黒木くんが賢い子だってだけで、呪文みたいに聞こえるね。
でも、それってさ、
「つまり、勉強がいそがしくなるまで、黒木くんにはわたしと遠くに行く自由があったってこと?」
「…この流れでいけばそうなるね」
「……なーんか、」
不思議だなあ。おんなじクラスで席が隣ってだけで、そんななかよしってわけでもないのにね。
その不思議さがおかしくて、くすくす笑いがとまらない。ひっかけた上ばき、足を揺らしているうちに前の席のいすの下に飛んでいってしまった。これは伊助ちゃんにおこられるぞ。
「でもテストが終わるとまた片づけなんてぜんぜんしたくなくなっちゃうんだよ」
「そういうものだね。でもさみょうじさん、受験終わったら電車で遠くに行こうよ。きっとそのときも行きたいとおもってるはずだから」
黒木くんの方を見たら、まんまるの大きな目がまっすぐこちらをむいていた。手もとのメロンパンに視線を落として、ふたたび黒木くんの顔を見る。
「うん、行こっか」
かじってないメロンパンはまんまるだったから、このお誘いに乗ることにする。
110624