身体にからみつく冷房の空気をふりきるように、藤内は足早に歩き出す。薄暮が立ちこめる道に、群青の影が落ちていた。ふたつの影は腕のところでしっかりと結ばれていて、具合がわるそうなんて言って連れ出したのに、こんなにはやく歩いたらだめなんじゃないかな。すこしずつ落ちついてきた頭の中が、必死にどうでもいいことを考えはじめる。

ずっとうつむいていた顔を上げたら、ぐんぐん過ぎていく街灯や車のライトが映画のエンドロールのように、遠くの出来事のように光ってわたしたちをとりまいていた。


「藤内」


藤内はふりかえらない。さっきまであんなに遠かった名前が、口に出してしまえばしっくりと馴染んで、どこか懐かしいみたいだった。


「藤内、わたし、数馬に会いたい」


青い空気に融けてしまいそうな後ろ姿の、たよりない輪郭に手をのばす。指さきでふれた腕はかたくこわばっていて、いつか数馬の家でふれたときとは まるでちがうものだった。

細い路地にさしかかったとき、藤内の足が止まって、とうとつに手首が解放された。
熱病から醒めたみたいに立ちつくすわたしと、ふりかえった藤内の間の距離がなくなる。


「藤内、」
「……」
「藤内、嫌、はずかしい」
「……」
「ねぇ、何か言って…」


こころぼそさが 身体の外にまであふれてきてしまうんじゃないかとおもった。泣き出しそうなみっともない声は、藤内の薄くてかたい胸板に吸いこまれるだけ。わたしの背中にまわった両腕はびくともしなくて、抱きしめられているのか、とじこめられているのかなんて わかるはずもなかった。

わたしのとは違う、藤内のからだ。かたい腕の中。

気もちわるくていとおしくて懐かしくて、罪悪感ばかりが子宮の奥に 煙のように降りつもる。肩口に顔をうずめられると、喉の奥がひゅうっと鳴った。


藤内の肩ごし、視線の先に 褪せて黄色くなり、しなびたくちなしの花が薄闇のなかに浮かびあがっていた。そして気づく。

ここは、いつか数馬と会った路地。


仲間はずれにしないと言ってあの日数馬を抱きしめたのに、ごめんね、ごめんね数馬。




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