あらまぁいつもありがとうね、とおかあさんの声がして、一階に降りていくと おもったとおり、数馬がトマトを持ってきてくれていた。数馬のお母さんの実家から届くトマトをうちにおすそわけしてくれるのは、毎年の夏恒例のこと。小さいころからずっと。
「あ、なまえにもおみやげがあるんだ」
手のひらにころりとすべりこまされたのは、ちいさな貝殻のついた、軽い軽い指輪だった。
冷房ぎらいのおかあさんのせいで、うちのリビングではクーラーが使われることはない。開け放した窓の近くにちいさなテーブルを出して、ぼんやり庭を眺めながらもらったトマトをつついた。わたしはトマトに塩をかけるのがすきだけど、数馬はそれをわからないと言う。
「作兵衛と三之助と左門と、あと孫兵と藤内と、きのう海に行ってきたんだ」
数馬のすこし焼けた鼻の頭を見てそんな気はしていたけれど、知らなかったふりをして ふうん、と返しておいた。
「トマトってグロいね」
「え、そうかなぁ?…言われてみればそうかも」
ぴんと張り詰めた皮と、むきだしにされたぐじゅぐじゅをつつきまわしていたら、数馬はすこし眉をさげた。
左手の中指にはめたさっきの指輪をちらちら見やりながら、なんとなくトマトの種をつつくのをやめられずにいる。白いお皿に、薄い赤が広がっていく。
「藤内がね、指輪なんて気もちわるいとか言ったんだ。でもきれいだとおもったから。気もちわるかったらごめん」
「気もちわるくないよ」
「そう?」
「そう」
数馬はまだなにも知らないのかな。知らずにいてほしい。仲間はずれにしないって、たしかにおもったはずなのに。
「藤内とふたりでいるときも、わたしのこと話すの?」
「話すよ」
「ほんとに?」
「…うん。本当だよ」
ガーゼのスカートが足にからみつく。今年は白いままのふくらはぎを見つめていると、数馬の視線を感じた。顔をあげればまんまるい目と目があって、なぜかため息がでた。
「数馬、プール行こう」
「ひさしぶりかもね」
「プール。プール行きたいな。行こうよ。わたし海の匂いよりもプールの匂いのほうがいい」
ちりちりとなまぬるい風に揺れた風鈴を見上げて、数馬はすこし間をおいてから、ちいさく でもはっきりと答えた。
「藤内もいっしょにね」
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