ばかじゃないの と呆れられることも多いけれど、試験はきらいじゃない。だって授業はないし、なにより早く帰れるし。結果は終わったあとに気にすればいい。わたしにとって試験期間はちょっとしたイベントも同じなのだ。


熱気をかき分けながら、日ざしに顔をそむけながらの帰り道。早い午後、町にはやっぱりひとが少ない。ふとあげた視線の先、見覚えのある後ろ姿に 一瞬暑さが遠のいた。

真っ白なシャツの背中にかかる、すこし伸びたえりあしがどこかよそよそしい。横断歩道が青信号のうちに、どうか渡って行ってくれますように。どうかどうか。つよく念じながら睨みつけた背中はしかし、点滅しはじめた信号を予知するようにすんなりと止まった。わたしもすこし距離をおいて、立ちどまらざるをえなくなる。

ひたすらに強い日ざしが、沈黙を焼いてゆくようだった。


「数馬なら先に帰ったよ」


前を向いたまま、英単語帳から顔をあげないまま藤内は言う。いつから気づいていたんだろう。行き交う車もいない通りが、なんだか三途の川みたい。


「…いま聞こうとおもってた」


なにもおかしくないのに、なにも楽しくないのにふふふとこぼれた声が地面に落ちて、ふりかえった藤内の きつい視線がそこに突き刺さる。


「何だよそれ」
「…え、」
「何なんだよお前、ほんとにさあ」


皮膚の裏側が、ぴりぴりと痛んだ。予感に似たなにかがさっと駆け抜けて、怒っているというよりは悲しそうな目をした藤内は またゆるゆると前を向いてしまった。

嫌だよ、嫌だよ嫌だよ嫌だよ。藤内がますます遠くなってしまいそうで 呼吸がどんどん速くなる。震えそうなくちびるとはうらはらに、言葉はかんたんにこぼれてきた。


「藤内わたしね、伊賀崎くんって嫌なの」
「……」


怪訝な視線がふたたびわたしをとらえて、たちまち水を得た魚になる。


「富松くんも神崎も次屋くんも嫌」
「……、は」
「みんな嫌。みんな、みんな嫌」


深く傷ついたような、轢かれてしまった動物を見たときのような藤内に、わたしは、わたしはきっと笑っているのだろうとおもう。


「えい!」


わざとらしく大きな声で、通りにむかって藤内を押したけれど 広い背中はよろけただけで、数歩も動きはしなかった。あいかわらず頼りなく揺れたえりあしに、下くちびるをかみしめる。


赤信号を渡りきり、ふりかえることなんて考えもせず、どんどん走る。ただただ走る。暑さなんて忘れてる。



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