きのうの夜は 明日はお休みだって意味もなくわくわくしてたけど、きょうは何の予定もないし 家族はみんなそれぞれ用事があって、家にはひとりの土曜日。ベッドの上でワンピースのすそが足に絡みついて、退屈な気もちもふくらんでゆく。暑いけど、目的もないけど、とりあえずどこか行こう。タオルケットを振りはらって飛びおき、机の上に置いてあった日焼け止めを腕と足に塗って、ちょっと迷ってから おかあさんの日傘を借りて外に出た。


まだ真夏と言うにはすこし早い7月のはじめ、ゆらゆらするような熱気はない分、ひたすら日ざしだけが強い。傘をくるくると回しながら、携帯もお財布も忘れてきたことにふと気づいて立ちどまる。あ、これじゃあ何にもできないや。かと言って、もう戻る気にもなれないけど。

休日の昼下がりの街は、暑さのせいかひともまばらだった。蜃気楼の中を歩くような感覚に眩暈がしそうで、足もとの小石を蹴る。なんだか、へんなの。夏ってにぎやかなイメージばかり強いのに、ここはゴーストタウンみたい。いつだったか前、雑誌で見たゴーストタウンの写真は暗くてさむそうだった。あそこにも、いま夏は来てるのだろうか。どういうわけか、ぜんぜん 信じられない。


分かれ道で、どちらの角に曲がろうかな と足を止めると、びっしょり濡れた髪にビニールバッグを提げた小学生たちが駆け抜けていった。かすかにカルキの匂いがした気がして、おもわず彼らの背中を目で追う。プール帰り。いいな、プール。小学校の5年生くらいまでは、藤内と数馬と夏休みも毎日プールに通ってスタンプの数を競争していたっけ。大抵休みの後半で数馬が風邪をひいて、わたしと藤内が引き分けになることが多かったのだ。そんなに昔の話じゃないはずなのに、今じゃとても遠いような 本当にあったのかなかったのか曖昧な気さえする。中学校に上がると学校にプールがなく、水泳の授業ごとなくなってしまった。


申しわけ程度のぬるい風が髪をかきまぜて、なびくスカートの裾もそのままに歩き出すと 背後からちいさく名前を呼ばれた。


「、数馬!」
「あはは、なまえ、なんかひさしぶりだね」


ひさしぶりと言っても、水曜日にプリントを届けに行った以来なのに 彼は照れたように首筋をかいた。わたしと数馬の家は歩いて10分ほどの距離で、藤内の家はそこからさらに5分。住宅街としてはそこまで近所というわけでもないけれど、数馬とこんな脈絡もない路地でばったり会うのは すこしめずらしい。


「風邪はもういいの?」
「うん。あれからまたちょっと熱出たけど、すぐに治ったよ。それにしてもなまえ、日傘なんてさしてるから違うひとかとおもった」
「…そうかなぁ」


じゃあどうしてわかったの、そう尋ねれば数馬はわらって、歩き方、とそっと答えた。



ふいに、さっき見ていた小学生と はにかんだ数馬が重なって、いたたまれない気もちがじわりじわりと身体を蝕んでゆく。

小学校のころの数馬は、まわりの男の子よりも身体がちいさかった。

そうか、数馬、数馬はなにも知らないんだ。


「数馬…」


ごめんね、

手からすべり落ちた日傘が、足もとに影を作っていた。この間までちょうど同じくらいだったのに、数馬また背が伸びたのかな。とりとめもないことがいくつも頭をかけめぐって、もはや何を考えてるのか自分でもわからなくなりながら わたしは数馬をぎゅっと抱きしめた。すこし背伸びをして、肩口に顔をうずめると 数馬の家の匂い、石鹸の静かな匂いがする。

わたしは、数馬を仲間はずれになんかしないよ!


くちなしの葉が青々と繁る細い道が、わたしと数馬を飲みこんで このまま消えてくれたらいいのにとおもった。日陰に咲くつめたく白い花びらの上を、黒い染みのような蟻がゆっくり歩いていた。



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