はんぶんほど開け放したカーテンのすきまから、まっすぐにさす光に目を醒ました。ひどく頭が痛む。這うように窓のそばへゆき、すこし曇った硝子を引けば つめたく澄んだ風が髪や頬をなでた。きもちいい。頭の痛みも、どこかへ連れていってくれたらいいのに。

いったい何時なのだろう。光の粒子がこまかいような、こんな気配は朝だとおもうのだけれど。壁にかけた白い時計は、2時数分前をさしたまま 電池がきれてしまっている。あたらしい電池を買いに行かなければとおもって、もう 何日もそのまま。かすかな針の音も消えてしまったこの部屋は、それこそまるで時が止まってしまったかのようで 風に揺れるカーテンだけがはじっこの空気をゆるくかきまぜていた。

さっきまでわたしがいたふとんの中では、それはそれはきれいなひとが眠っている。まるで眠り姫みたい、なんて おとこのこに対してはすこしばかり失礼なことを考える。夏掛けからのぞく孫兵くんのしろい胸は 呼吸にあわせてすこやかに上下をくりかえしていて、横にながれた前髪のしたのなめらかな額も、長い指のさきの切りそろえられた爪も、しなやかにのびた脚も 精巧なお人形のような、ふれてはならない神聖さがあった。ふれてはならない、だなんて ゆうべもその前もあれだけふれあっていたくせに と さみしい笑いがこぼれ、それをかき消すように 色素のうすい前髪に指をとおす。

わからないのは時刻だけじゃなくて、わたしがこうして孫兵くんをさらってきて 何日が経ったかさえも、寝起きの思考ではおぼつかない。おとといのことか、一週間前のことか、はたまたひと月前と言われても なんとなくなら納得できる気がする。敷いたままのふとんはシーツがよれて、その上に横たわる孫兵くんは ぞんざいに扱われている宝物のように見えた。

さらったと言っても、無理やり閉じこめているだとか そういうわけではない。たぶん、きっとだけど 彼もわかっていたのだとおもう。同じ年だけ生きてきて、同じものを見たり 同じ音を聴いたり 同じ何かにふれたりしても わたしと孫兵くんの間にはいつも透明で薄いのに 決してやぶれない膜があって それはあるいはわたしだけが感じていたものかもしれないけれど 埋まらない溝がやりきれなくて わたしは彼を、わたしの部屋へとつれてきてしまった。それだけのことだ。ただ、それだけのこと。
自分からむこうへ飛びこむ勇気はないくせに こちらへつれてきてしまうなんて無謀さはあって、なんだか もうやぶれかぶれでめちゃくちゃで、そのめちゃくちゃさが飽和した瞬間は たいそう居心地のよいものだった。わかっててついてきてしまう孫兵くんも それなりにめちゃくちゃだとおもうけれど、そうやってわたしは 自分の責任を軽くするのにいっしょうけんめいなのかもしれない。さっきも、今も。


髪をすく指がうっとうしくなったのか、孫兵くんはちいさく呻くと うすい瞼をそっと持ち上げた。四角い天井を見つめる硝子玉のような瞳に 朝の光の粒がきらめいて その温度のなさに背すじが粟立つ。



ジュンコ、わずかに空気をふるわせただけの音、しかし 彼のくちびるはたしかにそう動いた。息のとまったわたしを置いて、孫兵くんはほんの一瞬表情をゆるめ また眠りへと落ちてゆく。



いま誰よりも近くにいること、ひとりじめしていること、こころの奥の奥までふれあったこと、空虚に見えるこの部屋は すきとおった布を重ねるように 嘘で満ちあふれていて、そのどうしようもなく深い水底で たったいまわたしはひとりきりになってしまった。ほんとうはもうずっとひとりきりだったけれど、錯覚しようと必死になっていた そんなことくらい、わかっていたはずなのに。白い、白い静けさは部屋の中のすべてを踏みにじり慈しんで、浮かびそうになった涙さえ どうでもいいもののようにおもえた。

窓から吹きこむ風が むきだしの肌をなであげて、わたしは孫兵くんの胸板のうえに てのひらを乗せる。吸って、はいて、動きにあわせてくりかえして だいじょうぶ、だいじょうぶ。自分にいいきかせる。だいじょうぶ、まだ、だいじょうぶだから。宝物を こんなところに置いていてはいけないよ。



ゆっくりと立ちあがり、キッチンで水を一杯汲んだ。孫兵くんを、起こさなくては。きゅっと締めたはずの蛇口から、ぽたり、水滴がシンクの銀色に散った。



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130403

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