「よーォ」

おはようさん、とやけに気の抜ける声がして、振り返ると金髪と共に左手が揺れている。おはようございます、そうとだけ返した私の隣にちゃっかりと並んだお兄さんは、大きな欠伸をひとつした。

「今日いつもより早いんちゃうか?」
「バイトがあるんですー、お兄さん久しぶりですね。忙しくないんですか」
「めっちゃ忙しいわ。ほんまめんどくさいんけど、ほれ」

長い人差し指が指した先には、なんだか見た目が宜しくないお化けがこちらに狙いを定めていた。ヤバそうな雰囲気で二歩後ずさりをした私の頭に手を置いたお兄さんが、独特のニヤリとした笑みを浮かべて、決まってこう言うのだ。

「ええ子やからしばらく目ぇつぶっとき」

最初は刀を向けられて脅されながらしたそれも、もう十年目となれば慣れたもので、大人しく目を閉じる。
お兄さんは死神らしい。でも、死神なのに私の命を刈り取ることはしないらしい。この街の正義の味方やでぇ!と熱弁した割に、私以外にお化けの姿が見えるのは極小数、霊感のある人だけ(ただ、なにかの機械を使えば他の人にも見えるようになるらしい。ファンタジー!)なんだと教えられたのは、四回目に目を閉じろと言われた日。人よりも狙われやすい体質だと何かと気にかけてくれるらしく、気がついたらお兄さんに出会って九回目の桜を見た。

「終わったで〜」

ゆっくり目を開くと満面の笑みのお兄さんの顔が目の前にある。わ、とさらに下がりそうになる私の腰に手を回し支えてくれたお兄さんが、よしよしと頭を撫でた。

「私もう十七歳なんですけど…」
「あらまぁ若いなァ。まだ十七歳なんか」
「逆に何歳に見えてたんですかその言い方!!」
「秘密〜」

ぐいっと両手で押し返せば楽しそうな笑い声が静かな朝に響いた。そう言えば久しく会ってなかった気がする、そう思いサラサラの金髪をじっと眺めていると、長い指でデコピンされた。

「いだっ」
「なーに見とんねん。あんまりじっと見てっと惚れてまうで」
「…はぁ、そうですか」
「なんやその反応!何年も助けてやってるんやから、少しは「きゃあ〜!!お兄さんかっこいいすてき〜!!」とかそんなん言えんのか!」
「……きゃあお兄さんかっこいいすてきー」
「こん、クソガキ」

お兄さんのゲンコツを避けてそのまま歩き出す。ふと、視線の先に黒崎くんの実家が見えてきた。げ、と呟いたお兄さんが強く腕を引いた。

「な、なに」
「回り道しよ、なまえ」
「でも遠回りだし」
「えーからえーから!」

あいつに見つかったら何言われるかわからんし。そう呟いたお兄さんがあらぬ方向へ歩き出すので逆に腕を引いた。桜が咲くにはまだまだ速いだろう今日の朝はとても寒い。お兄さんの腕を絡めて歩くのはとても暖かくて丁度良い。

「久しぶりに来たけどまァーなまえはちぃとも変わらんな」
「それはお兄さんもでしょ」
「そうかァ?少しイケメン度が増したと思うで」
「どういう」
「当社比や」

馬鹿じゃないの。そういうとせやなー、と間延びした声が聞こえる。
お兄さんは死神だから、私の寿命よりもっともっと長生きをするんだって。私が死ぬ時までずっとこの街にいるの、そう尋ねると彼は困ったように、そうはなりたないな、そう返した。
もし今私が素直にお兄さんかっこいい、そう言えばずっとこの街に居てくれるだろうか。私にしかわからない正義の味方は、私には必要不可欠な物だと思った、今日の金髪はやけにかっこよく見えてしまったのだ。

「お兄さん、」

お兄さんは一年ごとにひとつずつ隠し事を話してくれた。ほかの人にはお化けが見えないこと。死神であること。長生きすること。私が霊感が強くて狙われやすいこと。私が辛くて死にたかった時、私のことを本当に大切だから死なせはしないと思っていたこと。彼女はいないこと。お嫁さんもいないこと。お祭りがすきなこと。ある人物が憎いこと。
今年は何を聞こうかずっとお兄さんのことを考えてました、なんて恥ずかしくて言えやしない。けど立ち止まって振り返るお兄さんがほんとかっこよくて、あ、だめだ泣きそう。
ぎょっとしたお兄さんがぎゅうと抱きしめてくれた。どないしたん、どっか怪我でもしたんか。必死な声が耳元で聞こえた。勘違いさせたことに詫びをひとつ置いてから、お兄さんの腕の中で見上げる。ん、と首を傾かせるお兄さんにポツリと言葉を発した。

「お兄さん、なんて名前なの」

お兄さんは困ったように、眉を下げる。今年はそれかいな、なんていってくしゃっと自分の頭を抱えた。

「なんでそないなこと気になるん」
「だってこのままだと、あと少ししたらお兄さんのことおじいちゃんって呼ばなきゃならなくなっちゃうじゃない」
「失礼なやっちゃなほんまに。…んー」

少し悩んだ素振りをした彼が、私の輪郭を撫でるように顔に手を添えた。困ったように、それでも仕方ないように微笑んで彼はそっと口を開いた。

「ええで。その代わりひとつ約束や」
「ん、」
「なまえが死んでも、俺の名前を忘れんこと。ええな」

いつになく真剣にいうから思わず黙って頷いた。ええ子やなぁと頭を撫でるお兄さんの手は十年前から何も変わらない、変わったのは私の背丈と気持ちだけ。彼はそのままお兄さんで、私は大人の階段を十段上がってしまった。視線が上がれば距離はもっと近くなる。もっともっと、好きになる。それにお兄さんは気づいているのだろうか。私、お兄さんに会うと思った日は誰とも約束入れてないんだよ。バイトだって嘘、部屋の窓からお兄さんが見えたから慌ててお化粧して出てきたのに、ちぃとも変わらんな、って、結局お兄さんと私はそういう関係なんだと思う。

「平子真子。俺の名前や」
「ひらこさん」
「あー、真子でええて」
「しんじ、真子さん」
「なんやこそばゆいなぁ」
「しんじさん!」
「はいはい」

分かったから、と言わんばかりにまたぐしゃぐしゃ頭を撫でられる。
多分、私は死ぬまでしんじさんとこの関係を続けていくことになるんだろう。よぼよぼのおばあさんになってもしんじさんはまたこうして頭を撫でてくれるんだろう。だから最後の最後まで私はきっとしんじさんのことを呼ぶんだと思う。
今度はいつ会えるかわからないけど、それでも次はきっと。

「しんじさん、しんじさん」
「なんやなまえ。バイトちゃうんか、遅れんで」
「へーきへーき。しんじさん」

その名前を呼んだら助けに来てくださいね。

2018/01/23

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