3月とは言えど、まだ少し肌寒い夜。今日が新月だからか、辺りはいつもよりも暗い。そんな状況下に、私はほんの少しだけ心細くなった。思わず歩くペースが早くなり、足が縺れそうになった。でも、そんなのにも構わず、マフラーやローブがぐちゃぐちゃになるのも構わずに、私は必死に夜を駆けた。
「…なまえ?」
暗闇に浮かぶ鳶色に、自分がほっとしたのが分かる。こうして、リーマスが笑う姿は、皮肉にも彼が憎んでいる月みたいだと思った。
「来てくれて嬉しいよ」
「当たり前じゃない!」
事の発端は昨日。いつも通り、ジェームズがリリーに付きまとっていて、シリウスが馬鹿みたいにゲラゲラ笑っていて、ピーターが眠そうに目を擦っていて、それをリーマスが優しく見守っていた。そして談話室からリリーと一緒に寮へ帰ろうとした時。「明日の夜、会えるかな」いきなり手を掴まれたと思うや否や、それは耳元でこっそりと告げられた。これはデートのお誘い、ということにしてもいいんだろうか。私にはリーマスの真意がわからなかったけど、頭は勝手にそう解釈したらしく、全身の血という血が顔に集まる。ぶんぶんと壊れたおもちゃみたいに首を縦に振ったら、リーマスは満足そうな顔をして「じゃあ、明日ね」なんて爽やかに言って、そそくさと寮に戻ってしまった。リーマスは知らない。私が今日のことを楽しみにしすぎてあまり寝れなかったこと。
「ねえリーマス、今日は…」
「アクシオ、箒」
「…ほうき?」
悪戯っ子みたいに笑うリーマス。ひょい、と効果音が付くように、軽々と持ち上げられて、箒に乗せられる。
「…ちゃんと掴まっててね」
「ぎゃぁっ!」
いきなり浮上した箒にびっくりして女の子とは到底思えないような声がでてしまった。あーあ、リーマスが笑ってる。照れ隠しと少しの怒りを込めて、リーマスの脇を小突く。
「ははっ、ごめんごめん。」
「…全然悪いと思ってないでしょ。ああもうっ、レディーのことを馬鹿にする英国紳士がどこにいるのよ!」
冗談っぽくそう言うと、リーマスはもう一度だけごめん、と言った。そしてとても真剣そうな声色で「なまえ、」私の名前を呼んだ。リーマスの長くて綺麗な指が、私の指に絡められる。静かな夜空にふたりぼっち。リーマスと私の鼓動が聞こえた気がした。
「こんなに広い地球でさ、生まれた時間も場所も…僕らの場合、国だって違うのに、一緒にホグワーツに通って、今、こうして過ごしてるって、とってもすごいことだよね。」
心に直接響いているみたい。改めて言葉にされると、リーマスといるこの1分1秒さえも愛おしく感じた。こうしてみんなと生きていることが、当たり前になってしまっていたように思える。言葉は何よりも強い魔法だ、そう思った。
「…リーマス」
「うん」
「生まれてきてくれてありがとうね」
「うん」
「私と一緒に居てくれて、ありがとう」
なんだか恥ずかしい台詞だ、言ったあとに後悔した。リーマスをちらりと見ると「僕もなまえが隣にいてくれて幸せだよ。」伝わってくる愛おしい体温を噛み締める。いまは見えない月も、笑っているような気がした。
ノイズレス・ロマネスク
20110316 遅刻したけどリーマスお誕生日おめでとう!