見廻りを終えると、僕はその足で外へと向かう。これは最近の僕の日課となっていた。(このくらいの職権濫用ならたぶん、許されるだろう。)
目的先は湖だ。僕の大嫌いな月が湖面に映り、まるでそれを飼っているような気にさせてくれる。ちょっとした優越感。
ばしゃり。突然響く音に少しびくついてしまった。湖に近づくにつれてだんだんと大きくなっていくそれ。きっと水浴びをする動物かなんかだろうと言い聞かせる。
湖に着いてそれを見た瞬間、それはもうぎょっとした。人が、湖の中に向かって歩いていた。時間も時間だし自殺願望者だろうか、死ぬのは勝手だけど目の前で死なれるのはあんまり気持ちのいいものじゃない。あーあ、有意義に職権濫用出来ると思ったのになあ、僕はくねる髪の毛を撫で付けながら湖へと走った。
「きみ、死にたいの?」
「違うよ、泳いでるだけ」
僕がそう言うと、水を叩く音が止んで静かだった世界が一層静かになる。振り返ってふんわりと笑いながら僕を見上げるのは、みょうじだった。
「…今は冬だよ、分かってるの」
「お魚だから関係ないよ」
「きみは人間だろう」
「違うよ、私もルーピンも違う」
…埒が明かない。みょうじは僕にとって唯一と言っていいほど、苦手な人物だった。掴み所が無いというか、何を考えているのか分からないというか。とにかく僕は彼女が苦手でたまらなかった。
だけど、このまま彼女を放っておくわけにもいかない。とりあえず僕は湖の縁に座った。
音をたてながらはしゃぐ彼女を見ながら、ため息をひとつ落とす。その瞬間、ぐい、と思いきり引っ張られる感覚。座ったばかりなのになんてことするんだ、とか、この華奢な腕のどこにこんな力があるんだろうか、なんてくだらないことをスローモーションで動く世界のなかで考えた。
「…ぷはっ」
「あはは、ルーピンもお魚だね」
不思議と怒る気にはならなかった。そうだね、きみのいうとおりだ。いっそ、僕もきみも、みんなみんな、人間じゃなければよかったのに。
ムーンライト・ジェリーフィッシュ
20110125 タイトルは映画から