はじめて出会ったときの空は、今日のような空だったように思う。真っ暗な世界を照らす真ん丸の月。ちりばめられた星たちはまるできらきら輝くダイヤモンドのようだった。

話し掛けたのは俺から。暇潰し程度に海岸を歩いていたところを見かけたのだ。雷門イレブンで活躍する彼女には前々から目をつけていたから、好都合。最初こそ、そんな程度に思っていた。

サッカーしよう、と声を掛ければ大きく頷いた。初対面にも関わらず、人懐っこい笑みで俺に微笑んだ。きらきらの夜空の下、海岸でサッカーをしたあの日のことは、きっと一生忘れないだろう。





「こんばんは」
「ヒロト!」

きらきらの夜空の下。あのときの海岸。彼女の背中が見えたから、近付いて肩を叩いた。この笑顔はいつも変わらない。
あれから俺たちはちょくちょく会うようになった。と言っても、夜限定だけどね。雷門イレブンに俺の存在がばれると色々厄介だし。


「遅かったねえ」
「ごめんごめん。寒かった?」
「いーや、ぜんぜん」




彼女の前では自然体に戻れる気がする。グランとしてサッカーする自分、ヒロトとしてサッカーする自分、それとも、
彼女の隣は安心する。なにもかも忘れられる。エイリア計画も、父さんも、すべて忘れられる。



「ヒロト寝不足?」
「え、いや、そんなことないよ」
「そう?なんか疲れてない?」
「えー」
「よし、肩を揉んでやろう!」



ふだんから笑うことの無かった俺は、彼女に出会ってから変わった。笑顔のつくり方がやっと分かった。つくるものじゃなくて、勝手にできるものなんだって。楽しい、嬉しい、幸せ、すべて笑顔に繋がるんだって。




幸せ、しあわせ。
俺は彼女といると、幸せな気持ちになれる。幸せな気持ち。彼女のひとつひとつの動作を愛しく思う。その度に心臓がどくどくと脈打つ。それがまた心地良い。





「きもちいい?」
「うん、きもちいい」
「よしっ」
「あっそこは痛い!」
「ぐりぐり」
「だーかーらー痛いってばー」




この気持ちを認めたら、俺はどうなってしまうんだろう。考えても考えても答えはでない。この気持ちを削除することができたらどれだけ楽になれるんだろう。でも、削除しようとする度に気持ちは大きくなるばかりだった。


彼女に出会えなかったらこんな気持ち、一生経験しなかっただろう。柄じゃないけど、運命なのかなあって。なんてね。


でも、そろそろ区切りをつけなきゃいけない。次彼女に会うときは、「グラン」として。もうタイムリミットだ。心臓がずきずき痛むのをごまかすように、俺は笑った。




「もう、いいよ」
「じゃあヒロト、サッカーしよう」
「いや、今日はごめんね。もう時間なんだ。次やろう」
「…わかった」



「さよなら」







宇宙人なんたらって騒いでるけど、俺だってれっきとした人間だ。だけど、こんなことで立ち止まるにはいかない。俺はジェネシス。父さんのために、サッカーをしなくちゃならない。俺は、父さんのために。



だったら、俺は、なんなんだろう。



ひゅうと喉が鳴って、自分の存在が急に恐ろしくなった。自分なんて消えちゃえ、って思うようになったのはいつからだろう。父さんにすべてを捧げてからどれくらいの月日が経ったんだろう。考えることすら億劫になって、膝を抱え込んだ。聞こえるのは波の音だけ。無性に怖いと感じた。



こんなとき浮かぶのは、父さんでも円堂くんでもなく、彼女の笑顔。それだけで俺の心は軽くなる。また、前を向いて歩ける。



「ありがとう」



ねえ、俺、君に出会えて良かった。君に恋して良かったって、心から思うよ。
この気持ちを伝えられることは一生ない。もう二度と「ヒロト」としては現れない。それでも俺は君を想い続ける自信がある。


だって俺、君を好きでいられて、すっごく幸せだから。




お終いだからと言って泣く必要はないよ、




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生喜様に提出。



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