「ハッ」



パチリ目を開ければいつもの天井が目に入ってきた。アラームに設定したケン王のテーマが携帯から鳴り響いていて起きる時を告げている。部屋の反対側で寝ている那月が、んー…と寝返りをうつのを横目に携帯のアラームを切り、またぼふりと布団に倒れこんだ。




「…」




なんだ夢か。




「いや、夢じゃねぇだろ…」



自分で突っ込みながらも昨日のことを順に思いだしてみる。鮮明に思い出せるあのオレンジ色の教室で、俺は家来ができたんだ。苗字名前という女子は確かに言ったのだ。「王子」と。
15歳にして初家来。初家来です。いや、家来と呼んでいいか分からねぇけど…なんだかよく分からない奴だったし、ただ名前知らないから王子様って呼んだだけかもしれない。でも「いいよ」と言った後の「王子」だと期待してしまっても仕方のないことだと思う。
思わずにやけてくる頬を布団に思い切り押し付けてから勢いよくがばりと顔をあげる。ここでもやもやしていても仕方が無いのでさっさと朝飯食べて学校へ行こう。


那月が起きる前に朝食を作らなくてはと足取り軽くキッチンへと急いだ。










「はよー!」

「おはよう御座います」

「おはよう…朝から元気だねぇおチビちゃんは」

「おお!まぁなー」

「良い事でもあった?」

「まぁなー」



ふふんと得意気に鞄を机において、昨日さんざん馬鹿にしてきた奴らに向かって、つりあがる口端を抑えもせずに口を開いた。その呆れたような視線を尊敬の眼差しに変えてやるぜ。「家来が出来た!」どどんと効果音でもつけるように腰に手をあてて踏ん反り返れば少し間の抜けた顔が二つ並んでぱちくりと瞬きを一つ。



「……まだ夢の中にいるんですか?」

「もうここは現実だよおチビちゃん」



からのこの台詞である。
頭大丈夫?と二人とも顔に書いてある。



「ちっげーよ!!起きとるわい!!」

「いや、でもさぁ」

「現実だよ現実!!昨日な、教室で苗字が―――」



がらり



「!」



ちょうどその時教室のドアが開き俺の言葉が切れた。条件反射のようにドアの方へと向けた目に飛び込んできたのは、売店の袋を提げながら眠そうにしている女子だった。…あ、と思わず声が漏れる。なにしろその女子は今ちょうど口にした奴で、噂をすればというやつは結構侮れないものであると感心するしかない。



「苗字?」



きれた言葉に反応したのはレンだった。そして俺の視線の先にいる女子をとらえて首を傾げる。「あの子Sクラスだったんだ」え、なにそれ、思わずレンの方を向くとレンは苗字を見つめながらなるほどねぇと妙に意味有り気に頷いていて、え、え、「知ってんの?」俺昨日初めて見たんだけど。「…まぁね」意味深な言い方だなおい。トキヤの方は大して興味ないのか「自己紹介の時はいませんでしたね」とだけ言って教科書を開いて読み始めた。真面目か。



「で、彼女がどうかしたの?」

「え?」

「さっき名前出してたじゃない」

「ああ、そうだよそうだよ!苗字!俺様の家来になったんだ!」

「「え」」



レンとトキヤが綺麗にハモった。トキヤお前話きいてないようできいてるよな。




「おチビちゃん…女の子を家来に?」

「え?うん」

「…というか家来にしてどうするんですか一体」

「いやどうするって…」



そりゃあいろいろと…?やりたいことはたくさんあるけどまず何からすっかなぁと考えながら苗字の方へと目を向ければもう既に席についていて、昨日と変わらず何考えてるか分からないような顔でメロンパンに噛り付いているところだった。え、何でメロンパン。朝飯食べる時間なかったのか。ていうかあれさおとメロンパンだよな…手に入れたのか…呆けた顔してなかなか「!」


ふと、目が合って思考が停止した。何気ないことなのに、その瞬間僅か走った射抜かれるような衝撃に、びくりと肩が揺れた。なにこれちょっとこわい。
何故か反らすこともできなくて(何だこの不思議な目力…!)、声を出そう笑顔で挨拶でもと口元をひきつらせれば、昨日と同じく行動したのは苗字の方が先だった。
先といっても何か声を出したわけでなく、いきなり席から立ち上がり、メロンパンを片手に持ちながらてくてくとこちらへ歩み寄ってきただけだけれど。え、いや、何で。
混乱する俺を他所に目の前まで来たかと思ったら特に挨拶をするでもなく、手に持つメロンパンのまだ口をつけていない部分を大きめに千切り、



「むぐ」


俺の口に押し当ててきた。



「…」

「…」

「…」

「…」

「…?食べて良いよ?」

「んぐ!?」


何言ってんの!まさかの奇行に目をひたすらぱちくりさせる俺に苗字もまた数度瞬きをしてから小首を傾げた。ああ、そう、そうか。なるほど。どうやら何か勘違いをしているらしい。
ガン見していたせいだとは思うけど、俺がこのメロンパンを食べたがっているように思えたのだろう。そんなに物欲しそうな顔をして見ていただろうかこのメロンパンを。あれ違ったのかなぁとでも言いたげに僅かに眉根をよせる苗字。



「苗字…俺は別に食べたいとかそういうんじゃなくてだな…」

「…そっか」

「!!ちょ、ま…!!」

「?」



がしり、思わず苗字の腕を思い切り掴んでしまったが仕方ないと思う。
苗字がその今まで俺に差し出していたメロンパンをそのまま流れるように自分の口に入れようとするなんてそんなの止めるしかないだろう。
お、俺の口に思いきり押し付けたやつ、だぞ!



「お前な…!」

「?食べたいの?」

「……」

「……」

「…くれ…」

「うん」



はいどうぞと差し出された先はやはり口で、教室の視線もあってそのまま食べるわけにもいかず、とりあえず押し付けられたメロンパンの欠片を手で掴んで受け取ると、口に詰め込んだ。正直味がよくわからないうえに顔も熱い。まさかこんなことでクラスの視線を集めることになるとは夢にも思わなかった。もっとこうヒーロー的な目立ち方を夢見ていたはずだったんだけど。そんなことを考えながらただひたすらに口を動かす俺に、苗字は満足したのか二、三度頷いてから自分の席へと帰って行った。何だこれ何だこれ。ごくん。口の中パサパサになったじゃねーかばか。



「…家来、ねぇ」

「う、うるさいトキヤ…!おいレン笑ってんじゃねーぞ!!!」



呆れたようにため息をつくトキヤと腹を抱えて笑い続けるレンにもう一度怒鳴ろうとしたところでチャイムが鳴り、続いて先生が入ってきてしまい、俺の家来紹介は最悪の形で終わってしまった。




「……くそっ…!」




ぎりりと噛みしめた唇は、とても甘かった。




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