「…………」
「おチビちゃん帰らないの?」
「…………」
「レン、放っておいてあげなさい」
「…………」
「じゃあ、俺はこれからレディとの約束があるから帰るよ、また明日」
「私も忙しいので帰ります」
「…………」
がらがらぴしゃん。
放課後。誰もいない静かな教室に響くドアの音。窓から差し込む夕日。オレンジに染まる教室。………終わった。終わったよ学校。あとは帰るだけ。はいさようなら。さようなら王子。
「…はぁー…」
近くにあった席に腰を下ろし冷たい机におでこをごつり。一日を振り返ってみるが全くフラグも何もなかった。家来ってそんなに嫌か?家来って響きがだめなのか?部下…いや部下はちょっとな…やっぱり家来がいいな…家来…。
「…」
来ないのなら…諦めるしかない
「家来…誰かなれよな…」
ぽつり。静かな教室に消えていった。これで最後だ。さっさと帰ろう。
「…いいよ」
「、」
顔をあげようとしたところだった。
小さく零した俺の声と同じくらいぽつり小さく声が返ってきた。
「え…」
今のは、何だ。とても都合の良い言葉だった気が、俺が今一番欲しい言葉だった気がするんだが。ゆっくりと顔をあげてみれば、目の前にちょこんと机に顔だけ乗せている女子がいた。思ったよりそれは近くて、いや近すぎて、がばりと勢いよく後ろに仰け反ったらその女子は数回ぱちぱちと瞬きをしてから小首を傾げた。
「なっななななななななな」
「ななななな?」
「何っ誰!?」
「苗字名前」
「苗字…?」
こくり。頷いてからゆっくりと立ち上がり、ぐいと顔がまた近づいた。ちかかかかかか近い近い!!何だよと叫ぼうと口を開いたが声を出したのは向こうの方が先だった。「教科書」「は」「ここ、私の席」「え」席。言われて今自分が突っ伏していた机と女子を交互に見る。机は少しらくがきがしてあって、中にはまだ教科書類が入っていた。教科書ってそういうことか。
「わ、悪い…」
「どかなくてもいいよ」
「いやだって」
苗字がぐい、と俺の座っている方に身を乗り出して教科書を出そうとしてきたので慌ててどいた。中から教科書を出して横にかけてあったリュックにしまう苗字を俺はずっとそこで動くこともできずに立ったまま黙って見ていたのだが、苗字はそんな俺を気にすることなくゆっくりとした動きでそのリュックを背負った。
「…」
「…じゃあ、ばいばい」
「え!」
「?」
「あ、そ、そうだよな帰るよな!」
「うん、?」
「何でもない!悪かったな勝手に座っちまって。…じゃあな」
笑顔をつくりながら手を振ると、また不思議そうに首を傾げられてしまった。ああだめだなんだかとても恥ずかしい。机勝手に座って突っ伏してるし。変な独り言を聞かれるし、しかもそれにいいよって。いいよって言ってくれた。ふざけてなのか本気なのかは分からないけどどうせ他一人も来なかったんだ。諦めはついている。まぁこんなもんだよなとため息をついて俺も帰るべく鞄を引っ掴んだ。
ちょうど苗字ががらがらと教室のドアをあける音がしたところで、「じゃあ、」声がかけられる。反射的に顔を向けた俺にさらに苗字が言葉を紡ぐ。淡々と。
「また…明日。王子様」
「、え」
がたがたばさり、床に滑り落ちた鞄から教科書が広がった。