愛してるを込めて



胸元を飾るキラキラと光るスパンコールはダイヤのように美しく、背中の大きく空いた深いロイヤルブルーのロングワンピースはゆきの魅力をより引き立てている。

まるで、ゆきこそが主役なのではないかと人々が錯覚してしまう程に、その濃いブルーはゆきによく似合っていた。


ここはとある権力者の生誕パーティー。

ネアポリスにおいて、この男の名を知らぬ人はいない。それ程までに、良い意味でも悪い意味でもこの男は目立っていた。


どうやら金持ちってやつは、ここぞとばかりに自分の権力・人脈・名声を披露したがるらしい。

ゆきも既にもう何度目か分からない、この全くつまらないパーティーに招待された内のひとりである。


しかし今回のゆきはいつものパーティーの時とは違い、どこか晴れやかな気分だった。

理由は、このパーティーで出会ったお気に入りの男に会えるから。

と、もうひとつ。

このパーティー自体が、今回で終わるから。

今述べたふたつの理由からである。


ーーーゆきは、ギャングだった。


このパーティーの主催者でもある男は、ゆきの属する組織が敵対しているギャングに多額の出資をしているのだ。

それはこの男の権力的立場を保証するものだったり、気に食わない奴を始末するためだったり、凡人には理解出来ない関係の上で成り立つビジネスパートナーで。

ゆきの敵対しているギャング組織は、この男のおかげで不自由無く勢力を拡大しているのだった。


しかしそれも今日で終わり。

この男の出資はなくなり、ゆきの敵対する組織"パッショーネ"は、堕落の一歩を今夜踏み出すのだ。


「(お気に入りのアノ人に会えなくなるのは、ちょっと寂しいけど…)」

どうせすぐ会える。街中を探し出し、偶然を装って話しかければいいだけなのだ。

ウエイトレスから差し出されたシャンパンを飲みながら、ひとり頭の中で考え込んでいるとふいに横から気配を感じた。

ちらりと視線を向けると、そこに居たのは今考えていた人物で。


「チャオ、や〜っと見つけたぜ俺のベッラ。」

「チャオ、やっと見つけてくれたのね?私のベッロ。」

ゆきに話しかけてきた男は、ビシッとスーツを着こなしているのにも関わらず、その頭には到底スーツには不釣り合いな帽子を身につけていた。

フォーマルな格好であっても、自らの個性を大事にする彼の意志の強さと、その男らしい野蛮さがゆきはとても気に入っている。


「今日も相変わらずキレーだぜ?…この俺がクラクラしちまうくらいにな。」

「やだ、ミスタだって…惚れ惚れしちゃうくらいにセクシーだわ。」

ミスタはゆきの腰を抱き、まるで屋敷のホールに煩いくらい溢れかえる人の事など視界に入ってないというように、ふたりの世界に入り込む。

酒が入っていなければ、子恥ずかしくて受け取れない歯が浮くような愛の囁きですら、今は心地よく受け取れる。

ふたりで暫く甘い時間を過ごしていると、ミスタは悪戯に笑いながらゆきの耳元へ口を近づけた。


「なァゆき。今日こそ、俺とふたりで抜け出さねェ?」

ゆきはミスタの言葉に、顔を上げ視線を向けた。

その大きく吸い込まれそうな黒目がちなミスタの瞳は、過去のゆきにあしらわれた経験からか不安げに揺れていた。

「ミスタってば…私だってミスタと一緒に居たいわ。でも、仕事なのよ。プライベートだったら飛び上がる程喜んでいたわ。」

そう眉を垂らし、切なげな表情をミスタへと向ける。


ゴクリ。

ミスタの動く喉を見ながら、視界の隅に入った豪華な置時計を捉えた。

時計の短い針は1を指していた。夜も深まった今、パーティーに訪れた人達は皆酔っていた。

それはこの目の前のミスタだって例外ではない。


今が、チャンス。


「ミスタ、ごめんなさい。そろそろ行かなきゃいけないの。…また会えたら、その時はとっておきの言葉をプレゼントさせて?」

「…あぁ、分かったぜ。期待してるぜ?…約束だからな。」

ミスタは名残惜しそうにゆきを抱き寄せると、その柔らかそうな白い頬に軽い口付けをする。

ゆきもそれに応えるように、ミスタの頬に唇を寄せた。


後ろ髪引かれる思いで、ミスタの吸い込まれそうな美しい瞳をもう一度見た後、ゆきは背を向ける。


目指すはターゲットを狙える位置。バルコニーへと。


カツカツと響く自らのヒールの音がやけにゆきの耳につく。

が、そんな事は気にせずバルコニーへと通じる扉を開いた。

心地よい風がゆきを優しく包み込む。一歩外へと足を踏み出せば、ホールの喧騒は嘘のように思えるほど静かになる。

酔い醒ましにバルコニーへと足を運ぶ事など、別段変わった事でもなくゆきは直ぐに景色のひとつとして紛れた。


そしてそっと後ろ手に、ロイヤルブルーのドレスの隙間から隠し持っていたピストルを取り出した。

深い闇に包まれている外では、ホールの灯りがあっても黒いピストルはその恐ろしい程の闇に紛れるのだ。


当然、顔のそばで構えたりなどすれば幾ら暗くても怪しすぎて目立ってしまう。

ゆきはそのままドレスの横で、ピストルのセイフティレバーを外す。カチリ、という音でさえ深い闇に飲み込まれた。


狙いを定めて、ぶれないようにゆきはひとつ深呼吸をする。そして丁度ゆきの位置から、ホールで騒ぐ人々の間をくぐり抜け、ターゲットの心臓に届く瞬間に向け、引き金を引く指に力を込める。


「おい。」

反射的に声のする斜め横へと、銃口を向ける。

と、同時にゆきの心臓はまるで鉛玉で射抜かれてしまったかのように、ドクリと音を立てた。


一瞬動揺はしたものの、直ぐに銃を握る力を込める。


「…やだ、ミスタ。…そんなに私に会いたかったの?さっき会ったばかりじゃあない。」

「…あぁ、会いたかったさ。…こんな形じゃあなかったらな。」


先程、後ろ髪を引かれながら次の再開を切に願い別れたはずの、紛れもなくゆきが心惹かれている男が銃口をこちらに向けて佇んでいた。

相変わらずの吸い込まれそうな黒の美しい瞳は、先程とは違って、獲物を捉えるような目でゆきを見ていた。


「まさか、ゆきが…ギャングだったなんてよォ。どういう笑えない冗談だ、全く本当によォ…。」

「私だって、そっくりそのままお返しするわ。…まさかミスタが"パッショーネ"の人だったなんて。」

お互い銃口を向けたまま、何ともないように会話を続ける。まさに今、命を奪い合うとは到底思えない雰囲気である。


「俺らはあのおっさんの護衛任務中だ。…命を狙うヤツは殺せと命令されている。誰であろうとな。」

「そう…。お生憎様、私も同じことを言われているの。任務の邪魔をするヤツは誰であっても排除しろって、ね。」


バルコニーでは緊迫した空気であるのに、それとは対照的にホールの中では相変わらず、賑やかな時が流れていた。

ホールから時より聞こえる笑い声ですら、ふたりの耳にはもう届いていない。


「残念だわ、ミスタとは運命を感じていたのに…」

「俺だってよ、ゆきみたいなどストライクな女には今後出逢える気がしねェんだよなァ。」

「あら、じゃあ大人しく見逃してくれない?」

銃口を向けられているにも関わらず、くすくすとゆきは笑った。

「そいつァ無理なお願いだ…。だが、今ゆきが降伏するなら、命だけは助かるぜ?」

「あら、冗談。…私もこれでも誇りを持っているのよ?残念だけど、降伏なんかする気はないわ。」

「…残念だぜ。」


バチりと視線が混じり合う。ゆきは思った。この瞬間が、ふたりで過ごす最後の瞬間だと。

「(結構、本気だったかも。)」

死ぬ恐怖よりも、死なせてしまう罪悪感よりも、もう二度と会えなくなる事が寂しく思う。


どちらが動き出すのが早かったか、その指に力を込めた。


パァァンッ!!!!


その瞬間、耳をつんざくほどの発砲音と共に熱く、重い、銃弾が放たれた。


自らの誇りと、運命のため。

そして自分の中で何よりも強く芽生えた、たったひとつのかけがえのない想いを、その銃弾に込めて。


さよなら、愛しい人。


愛してるを込めて
また会えた時は、思いっきり抱き締めて?


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