君の好きな曲
「ねーねーアバッキオ、アバッキオってば!」
ゆきはヘッドフォンで、外の世界との音を断ち切っているアバッキオの肩を揺すりながら話しかけた。
しかし余程音楽に夢中なのか、はたまたわざとなのか。それはアバッキオにしか分からない事だったが、ぴくりとも反応せずゆきになされるがまま揺らされている。
フーゴまでとはいかないが、気が短いゆきはさっそく自分中でモヤモヤしたものが生まれ始めていた。
ほっぺたをまるでリスのように膨らませ、不機嫌を全身で表現し始めるゆきに、ようやくアバッキオは反応を示した。
「…さっきから何なんだてめェはよォ。ちっとは大人しくできねェのか?」
言葉はどこかキツく聞こえるものの、そう言ったアバッキオの表情はとても優しいものだった。
膨らんでいるゆきの頬をアバッキオは片手で潰すと、ぷぷっと可愛い音が口から洩れた。
その音にアバッキオがふっと笑えば、ゆきの機嫌も一気に戻り、初めのようにまたゆきは話し始めた。
「ねーねーアバッキオ?アバッキオってば、いっつもなんの曲を聴いてるの?」
よくヘッドフォンを耳にあて、目を瞑って音楽を楽しむアバッキオが気になっていた。
その姿を真似してみては、一体どんな曲を聴いているのだろう。なんて思っていたのだ。
「…あ?聴いてる曲だと?」
アバッキオは眉間にシワを寄せたかと思うと、ゆきから視線を逸らして窓の外を見た。
しかしアバッキオから告げられた言葉は、ゆきが納得のいかないものだった。
「お子ちゃまのゆきにはまだ早い曲だぜ。」
ゆきは早速、反論してやろうと口を開く。…が、しかし。
「すまないアバッキオ、ちょっといいか?」
タイミングよくやってきたブチャラティによってその反論は遮られてしまったのだ。
「あぁ、今行く。」
アバッキオはヘッドフォンを外し、机へ置いた。そしてゆきの頭に優しく手を置くと、ブチャラティの元へと歩いていった。
ひとり残されたゆきは、先程までアバッキオが座っていた椅子に座る。
座った時、ゆきの目についたのはアバッキオが使っているいつものヘッドフォンだった。
ゆきは急にそわそわ落ち着かなくなる。ヘッドフォンを見たかと思えば、キョロキョロと辺りを見渡し始めた。
その姿は挙動不審で、何かを企んでいるのは人目見ても明らかだった。
「(ちょっとくらい…いいよね…?うん、いいじゃん別に!減るもんじゃあないんだから!)」
ゆきは自問自答しながら、迷っていた。
どうしてもアバッキオが聴いている曲が気になる。だって、好きな人が聴いている曲を聴きたいのは当然の欲求でしょ?
同じ曲を共有して、その人と同じ気分を味わえる。それって、なんて幸せなことなんだろう。
ゆきは、そう思っていた。
恐る恐る、でもアバッキオが戻ってきてしまう前に。葛藤しながら震える手でヘッドフォンを持ち上げる。
そしてドキドキと鼓動が早くなるのをそのままに、ゆきはヘッドフォンを耳へと当てた。
そこから流れていたのは。
「あれ?これって…」
軽快なpopな伴奏に合わせて、綺麗な声をした女の子が力強く歌う、ゆきがよく聴く馴染みのある曲だった。
この歌手はまだマイナーで、知る人も少ない未来の歌姫なのだ。それをアバッキオが知っているのも意外だったし、聴いているというのも驚きだ。
「(好きな歌手を好きな人が聴いてるって、こんなにも嬉しいのね!)」
人というのは欲張りなもので、ゆきもアバッキオが他にどんな曲を聴いているのか知りたくなってしまった。
音楽プレーヤーの次へボタンを押して、曲を変えてみる。
「(…あれ?)」
カチッ、カチッ、と次へボタンを押すものの、ヘッドフォンから聴こえてくる曲はゆきがいつも聴いているものばかり。
こんなにも偶然が一致するなんて。
「いや…これは、偶然なんかじゃあ…ない…っ!!!」
意識すれば意識していくほど、ゆきのその頬はピンクに色付いていく。
そして、ついに堪えきれなくなったのかヘッドフォンを付けたまま、熱を持った頬を冷やすために両手を頬へとくっつけた。
「(アバッキオも…私と同じなんだ…っ)」
勝手にアバッキオは、大人だと思っていた。年齢的にも、精神的にも、アバッキオは手の届かない人だと思い込んでいた。
でもそれは、違って。
アバッキオも私と同じなのだ。
自惚れでもなんでもなく、同じなのだ。
より一層アバッキオへの想いが強くなった事を自覚し、きっと今仕事の話をしているだろう二人の元へと向かう為、立ち上がる。
怒られてもいい。笑われてもいい。ただただ今すぐ。
今すぐアバッキオに会いたい。
ゆきは、駆け出した。
机の上には綺麗に置かれたヘッドフォンが、軽快な音楽を流し続けていた。
君の好きな曲 君の好きな曲は私の好きな曲だった
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