永久の時の中で



キラキラ輝く夜の街を歩く、1人の女がいた。

綺麗な黒髪を靡かせ悠々と歩く様は、夜だというのにとても目立っている。

すれ違う人々は皆、振り向きざまに彼女の姿を目で追うのだ。

ちらりと覗くその女の肌の色は驚くほど白かった。まるで、陽の光など浴びた事がないかというほどに。


この女の名前はゆき。遥か昔から、ひっそりと生き長らえている"吸血鬼"なのである。


だからその"陽の光を浴びた事がない"という言葉は、嘘や例えなんてものではなくて紛れもない事実なのであった。

幼い頃、ずっとずっと憧れていた"ディオ"により驚異的なパワーと再生能力、さらには不老の肉体を与えられた。

もちろん、吸血鬼になったからといってゆきは人の血は好まなかった。決して人を脅かすような悪になりたかった訳では無かったのだ。

人でならざるものになったのに、人を辞める事が出来なかった。

"ディオ"の為でも、どうしても人を殺すことはできない。ゆきのどこかに残る、人の心がそれを許さなかったのである。


吸血鬼になった理由もただゆきは純粋に、好きな人と一緒に生きたいという儚い想い、ただそれだけだったのだ。


優しすぎるゆきにとって、"ディオ"の傍にいる事はとても苦しかった。"人間"も"ディオ"も好きだからこそ、ゆきは"ディオ"から離れた。


そして月日は流れ、今に至る。

ゆきはこのイタリア・ネアポリスの地で"ディオ"を想いながら、果てしない永遠の時を生きているのだ。


そんなある日のこと。

当然吸血鬼のゆきは、陽の光に当たると死んでしまうので夜しか出歩かない。

夜の心地よい風を浴びながら、あてもなく街を歩いていた。


ふと、なぜだか懐かしさを感じたのだ。言葉では言い表せない高貴な気配、そして吸い寄せられるようなオーラ。

思わずゆきは足を止め、それを発する人物へと視線を向けた。


キラキラ輝く金髪。何者にも屈しない意志の強さを感じさせる瞳。そして、圧倒的な美しさ。


その姿はまるでーーー。


「…ディオ。」

その呟きが聞こえたのか、まだ少年と呼べる年齢であろう姿の男がゆきを捉えた。


「・・・ディオ?今あなた、ディオって言いましたか?」

「・・・っ!!」

まさか男が"ディオ"という単語に反応すると思っていなかったゆきは、驚きのあまりにその場から逃げようと走り出す。


が、その足は前に進むことはなく、後ろに引っ張られるようにして止まった。慌てて後ろを振り向いたゆきは、男に右手首を捕まれていることに今更気付く。

ゆきは男の手を振りほどこうと抵抗した。すると男は、その美しい顔を悲しそうに歪ませるのであった。

「待ってください!暴れないで!・・・なんで逃げるんだッ!」

その表情に思わずゆきは、振りほどく手を止めた。


「あなたさっき、ディオって言いましたよね。・・・ディオを知っているんですか?」

「・・・。知らない。」

「嘘です。」

「嘘じゃあないわ。」

「だったらなぜさっきは急に逃げようとしたんですか?」

「・・・それは、」

言い淀むゆきに男は、たたみ掛けるように言葉を続ける。

「ぼくが聞き返した瞬間、あなたは驚いた顔をした。まるでぼくがディオっていう単語を知っていることが信じられないかのように。・・・ぼくはただディオっていう男の話を聞きたいだけなんです。」


その男の言葉にゆきは、諦めたようにひとつ息を吐き出した。そして男の目をしっかり見返しながら口を開く。

「・・・確かに、ディオの事は知っているわ。でも、それを貴方に教える義務があるのかしら?」

「それは、ぼくがそのディオの息子だとしてもですか?」

「・・・ッ!!」

ゆきは目を思いっきり見開いた。

「(この男は…いま…なんて言ったの…?)」

驚きのあまり声すらも発せないでいると、そんなゆきを見兼ねた男は喋り続ける。


「ジョルノ・ジョバァーナ。それがぼくの名前です。」

「ジョルノ…ジョバァーナ…」

「 父とは生まれて一度も会ったこともない。知っているのは、もうこの世にいないってことだけだ。」

そう、ぽつりとジョルノは言った。

「ジョルノ…。」

切なそうに呟くジョルノは、とても美しかった。まるで絵画から抜け出してきたのかと思うほど、それはとても麗しかった。


ジョルノに魅了され、気付けばゆきは話し始めていた。

この長い時間を生きてきた中で、誰にも話さなかった"ディオ"との思い出を。

誰にも明かせなかった、吸血鬼としての苦悩も。何故かジョルノになら話せてしまった。

初めて会うはずなのにも関わらず、ディオへの気持ちも、人間への思いも、何もかもを全てさらけ出せたのだ。

不思議な気持ちに戸惑いながら話すゆきの言葉を、ジョルノは全て聞いてくれた。そして、話し終えたゆきに向かって静かに言った。


「ぼくは、あなたにそこまで思われている父が羨ましいです。それに、いまあなたが抱いている感情…この世界にいる誰よりも、"人間らしい"じゃあないですか。」

真っ直ぐゆきの目を見てジョルノは続ける。

「そしてあなたほど純粋な人を見た事がないです。…たとえ吸血鬼だとしても、あなたの美しい心が、ぼくには人間に見えます。」

その一言で、長い間ぽっかりと穴が空いてしまっていたゆきの心は、優しいナニかで塞がった。そして、自然と涙が一粒こぼれ落ちた。

「泣かないでください。…そういえば、ぼくはまだあなたの名前を聞いていなかった。教えてくれますか?」

ジョルノはそう言い、ゆきの涙で濡れた目元を指先で拭う。

「…ゆき。私の名前はゆき。」

「ゆき…。」

ぽつりとジョルノはゆきの名前を呟いた。そして今度はゆきの両手を優しく包み込むと、再びゆきの瞳を覗きこむ。


「ゆき、ぼくはまたゆきと話がしたいです。…また、会ってくれますか?」

数秒黙り込んだ後、ゆきは言いにくそうにジョルノを見た。


「…私、吸血鬼なのよ?」

「そんなこと、ぼくにとっては大した問題じゃあない。…ゆきはゆきなんですから。」

「それに、昼間は出掛けれないから会えないのよ?」

「日が沈んでからで構いません。それに、昼間だったらぼくがゆきに会いに行きます。」

「…なんで私の為にそこまでしてくれるの?初めて会ったばかりじゃあない。」

そう言うとジョルノは少し考える動作をした後、口を開いた。

「ゆきの、美しい心に惹かれたからです。」


ジョルノの真っ直ぐな瞳は嘘をついているようなものではなく、本心だと読み取れる。

ゆきは少し頬を赤く染めながら、懐かしい感情にくすぐったさを感じた。


この感じは、遥か昔。"ディオ"と出会った時のような…。

でもそれよりも、もっと優しい気持ちになれる温かいものだった。


「…うん。ありがとうジョルノ。」


ゆきはジョルノに微笑みかける。

大好きだった"ディオ"への想いは、長い時を経て過去へとなったのだ。

新しいこのジョルノへの気持ちと共にゆきは、人として生まれ変わった。


新しい人生に期待を膨らませ、ジョルノの手を握り返すのだった。


永久の時の中で
これを最後の恋にすると誓った


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