君のキスはいつも短い



私の恋人は、この街でもとても有名な人である。老若男女誰からも人気で、街の住人ならの信頼も厚い非の打ち所のない完璧な人だ。

このネアポリスに住む人で"ブローノ・ブチャラティ"を知らない人はいないだろう。


ギャングという少し…いや、だいぶ危険な仕事だけど、めきめきと力を付けていっていると風の噂で聞いた。

だけどそんな職業についているにも関わらず、ブチャラティはとっても優しいのだ。我儘も嫌な顔をせずなんだって聞いてくれるし、うんと可愛がってくれる。


そんな素晴らしい恋人をもつ私は、当然幸せなわけで。

きっと悩みなんて言う事すら、それはおこがましい事なのだろう。


ギャングの彼は、自らのチームを持っていた。組織の中では下っ端だそうだが、それはもう毎日忙しなく仕事に明け暮れていた。

それは、恋人の私が嫉妬してしまうほど。


その度にブチャラティは、とても申し訳なさそうに綺麗な顔を歪ませて「すまないゆき。必ずこの埋め合わせはする。どうか許してくれないか?」なんて言ってくるもんだから、黙って頷くしか私は出来ないのだ。


今日だってそう。久しぶりのデートの約束だった。飛びっきりお洒落して、思いっきり幸せな時間を過ごすと決めていた。

なのに

ピリリリリ…ッ!

ブチャラティのポケットから、けたたましい呼び出し音が響いた。そしてまた申し訳なさそうな顔をして、電話へと出る。

決まってするその顔は、仕事の電話の時の合図だった。


通話を終えたブチャラティは、なにやら悲しそうな顔で。直ぐに察した私はブチャラティが言葉を発するより早く喋り始める。


「…仕事なんでしょ?いいよ、行っておいで。」

「…本当にすまない。いつも、寂しい思いをさせてしまって。」

「少し寂しいけど…でもいいよ。その分また会った時、ギュッてしてね?」

そう言うとブチャラティは、複雑そうに微笑みを浮かべた。そして、そのままゆきを抱き寄せる。


「わ、ブチャラティ…皆見てる…。」

人通りの多い街のど真ん中でいきなり男女が抱き合うもんだから、行き交う人々はすれ違いざまに好奇の目で2人を見る。


「構わないさ、見せびらかしとけばいい。今の俺にはゆきしか見えてないんだからな。」

ブチャラティはゆきの頬をその手で包み込み、しばらく見つめた後、唇に優しいキスをした。

チュッと軽いリップ音を立てて、2人の唇は離れる。


そしてもう一度ゆきを抱き締めたブチャラティは、名残惜しそうにその力を解く。


「送ってやれなくてすまない…。愛しているぜ、ゆき。」

体の向きを変えるギリギリまでゆきの瞳を見ながらそう告げたブチャラティは、時間に迫られていたのか、急ぎ足で歩いていってしまった。


ブチャラティの姿が見えなくなるまでゆきは見送る。そして、見えなくなった瞬間。


「も〜!!!恥ずかしいっ!!!…なんで普通にあんなこと出来るのかな、ブチャラティはっ」

恥ずかしさのあまり、しゃがみ込んだ。

そのまま顔を膝の間に埋めながらゆきは、真っ赤な顔してポツリと呟いた。


「キスが短すぎるのよ、バカ。」


君のキスはいつも短い
それでも愛は伝わるから不思議なものだ


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