もっと話したい 1/4
親の転勤で10歳の頃、愛する日本を離れ遠く離れたイタリアに来てから、早5年。
必死に勉強してイタリア語を喋れる様になったものの、自らの内気な性格が災いし未だ友達はほぼゼロに等しい。
そんな私を見兼ねて、両親はネアポリスの街にあるハイスクールの寮へと入れたのだった。
日本でいう、「可愛い子には旅をさせよ!」と母親は言っていたが…
もちろん、寮に入ったところで簡単にゆきの意識が変わることはなかった。
特に何もワクワクのする事も無い、詰まらない毎日を過ごし続けていた。
そんなある日の事。
いつもの様に1人で昼食を食べる為、ゆきの定位置となっている裏庭の階段へと向かう。
校舎からも遠く、人もいない故に静かで落ち着けるスペースで気に入っていた。
そしてこの場所にたまにやってくる野良猫に、日本語で話しかけるのがゆきのイタリアでの唯一の楽しみとなっていた。
今日もいつもの野良猫がやってきた。
野良猫とはいっても会う度にすり寄ってくるので、見た目は野良とは思えないほど、美しいグレーの毛並みが保たれているのだ。
きっと昔ゆきがしてあげた、指で撫でるマッサージを気に入ったのだろう。
「こんにちは猫ちゃん。今日もご機嫌さんね?」
まるで返事をするかの様に猫は"にゃあ"とひと鳴きする。
「ふふふ、日本語も理解出来ちゃうなんて優秀な猫ちゃん!」
今となってはイタリア語を使う事に抵抗はないが、やっぱり育ってきた日本語はゆきにとって特別なものだった。
だから、例え猫ちゃん相手だとしても日本語で話すことが出来て本当に嬉しいのであった。