マフラーの温もり
太陽が沈み、寒さがより身に染みるネアポリスの夜。
私とブチャラティは久しぶりのデートにて、最近ワインが美味しいと有名なお店で夕食を楽しんだ。
ついつい美味しいおつまみにワインが進み、ゆき達はほろ酔いで店を出る。
「…うぅ、寒い〜っ!」
店から出るとネアポリスの冷たい風が、火照った身体を攻撃するかのように吹き荒れる。
今日の為にせっかくセットした髪を、一瞬で台無しにする程に。
「特に今日は、今年で1番寒いみたいだぜ。」
喋るブチャラティの口からは白い息が出る。
そんな白い息をそのままに、2人でネアポリスの街を歩き始める。
しばらく歩いて、ゆきは口を開く。
「ブローノはお仕事相変わらず?」
付き合っている期間は長かったが、仕事の話には今までお互い暗黙の了解で触れてこなかった。
だが今日はお酒を飲み過ぎた勢いもあり、つい普段から気になってる事をつい尋ねてしまったのだった。
すぐゆきは自分の発言に気づき、訂正する。
「なんでもないわブローノ。忘れて!」
なんでこんな話をしてしまったんだろうと後悔する。
ブチャラティも気まずそうにゆきから視線を離す。
沈黙がより寒さを引き立たせた。
なんだかお酒で身体は火照っていた筈なのに、身も心も凍えそうな気分だった。
靴音しか響かない静寂を破るようにブチャラティは、しっかりと慎重に言葉を選びながら話し始める。
「俺は、ゆきをこの残酷な世界に巻き込みたくないんだ。…かと言ってゆきを手放すなんてもっと出来ない。」
切なそうにブチャラティは顔を歪める。
「君が悲しんでいれば誰よりも早く抱きしめたいし、寒さに凍えそうなら温もりをあげたいと思う。」
そう言ってブチャラティは自らの首に巻いている綺麗な瞳の色と良く似合う、濃いロイヤルブルーのマフラーを解いた。
そして、首元が寂しそうなゆきへと巻き付ける。
なすがままにマフラーを巻かれたゆきの鼻には、この世の不安を一瞬にして消し去ってくれる様な、安心するブチャラティの香りが届く。
それだけでまるで凍えそうだったゆきの心も、不思議と溶かされる気がした。
ブチャラティがあえて言葉にしなくても、その控えめでいて何よりもゆきを大切に思う、不器用な気持ちはしっかり届ているのだった。
「…俺は本当に狡い男だな。すまない。」
ブチャラティの言葉に、安心する匂いに包まれるマフラーに顔を埋めて答える。
「そんな事ない。ブローノは狡くなんかない。…何も言わなくても、私には伝わっているわ。」
真っ直迷いのない目で見て言うゆきに対して、寒さで鼻を赤くしているブチャラティは静かに微笑んだ。
この暖かいマフラーがブチャラティの想いの全てであり、ブチャラティの赤い鼻が告げている。
素直で世界一優しい、ブチャラティの想いを。
ゆきはそれ以上何も言わず、そっとブチャラティの手を握る。
二人の間に言葉はいらない。
全てはその行動全てで伝わっている。
そんな2人をまるで世界から隠すかのように、ネアポリスの街には雪がしんしんと降り始めた。