main | ナノ


「レギュラスさん」
「なに?」
「つらくないですか」


大丈夫だよ、ありがとう。そう言って彼は、いつも笑っていた。私がどんなに彼を心配する言葉を発しても、彼は少しだけ困ったように笑いながら、ありがとうと言うだけだった。私はいつも、彼のそのどこか恥ずかしそうな、さみしそうな、それでいて困ったような笑顔が好きだと思っていた。だけどそれと同時に、胸が締めつけられるような痛みを覚えていた。


レギュラスさん。心の中で唱えて、隣を歩く彼を盗み見る。きれいな黒髪と、澄んだ灰色の瞳。私の、だいすきな人。大切な人。あこがれの人。いっそ、この気持ちを伝えることができれば。そうすれば、何かが変わるのかもしれない。否、そんなことは、決してない。私なんかの言葉で、何かが変わることなんて、決してない。そんな自惚れ、捨てなくてはいけない。


「レギュラスさん」
「なに?」
「どうしてもつらくなったら、私が半分背負いますね」


ちっぽけな私が、背負っているつもりでいるモノより、ずっとずっと重くて、ずっとずっと大きなモノを背負う、彼。彼と比べれば、あまりにも小さすぎる私にできることなんて、無きに等しいのだ。だけどせめて、半分だけでいい。半分でいいから、彼の背負うモノを、私も、背負いたい。彼が背負うモノを半分こして、そうすることで彼が、背負うモノの重さに負けないで、こうして笑っていてくれるならば、私は、どんなモノでも背負ってみせる。


「ありがとう。じゃあ、甘えさせてもらおうかな」
「はい」


彼はいつもと同じように、少し困ったような笑顔を浮かべて、私の手をそっと握った。私は嬉しいのか、かなしいのか、わからなくて、泣きそうになった。唇を噛みしめて、涙がこぼれないように我慢しながら彼の顔を見上げると、彼も泣きそうな顔をしていた。私は彼がこんな顔をしているとは毛頭思っていなくて、どうやら彼も私と同じだったらしく、私たちは立ち止まって数瞬見つめあい、やがて顔を反らすと、どちらからともなく歩みを再開した。手を繋いで、ふたりして泣きそうになりながら、私たちは、歩いていた。歩いて、いた。









「レギュラスさん」


半分背負うって、言ったのに。彼はとうとう私に何も背負わせてくれないまま、隣を歩くことも、手を繋ぐことも、声を聞くことも、あの笑顔を見ることもできない場所へ、いってしまった。彼はその背に重い重いモノを背負って、私に自分が背負うモノの半分も渡すことなく、背負ったモノの重さで、沈んでしまった。あまりにも重すぎるモノを背負ったまま、たったひとりきりで、彼は、沈んでしまった。


レギュラスさん。彼を呼ぶ私の声だけが暗く響いて、空しく消えた。涙があふれてきて、必死に止めようと唇を噛みしめたけれど、あの時のようにうまくいく筈もなく、涙は次々と零れた。レギュラスさん。私の、大切な、うつくしい、あこがれの人。永遠に失われた、彼。


(2011)

top