main | ナノ

“また明日”


談話室で何度と無く聞いた言葉。私はこの言葉を聞くと、1日が終わってしまうさみしさと、明日もまた彼に会えるよろこびを感じていた。なんてことないありふれた言葉だけれど、私にとっては彼との約束の言葉に思えていたのだ。


ホグワーツを卒業して2年。私は両親が経営している魔法具店で働いている。いつもは倉庫の整理や注文の受付を主に行っているが、今日はたまたま両親が揃って買い付けに出かけているため、私はひとりで店番をしている。


そして今日、何の偶然かは分からないけれど、この2年一度として連絡を取ることがなかったリドルが、私の店にやってきたのだ。はじめ店のドアを開けて顔を覗かせた彼を見たとき、私は驚きのあまり手に持っていた商品を落としてしまったくらいだ。「久しぶりだね」なんて笑う彼は、在学中の彼よりもずっとうつくしいと思えた。


リドルに指示された魔法具をカウンターに並べ、簡単にその説明をしながらお互いの近況を話した。お互いというよりは、主にリドルが私に質問をする方が多くて、少しだけ悔しかった。私のことなんてどうだっていい。私は、リドルのことが知りたいのに。


「ね、リドル」
「ん。なんだい」
「今、あなたは何をしているの?」


私の問いに、リドルはそれまで魔法具に注いでいた視線を、ゆっくりと私の顔に向けた。彼の瞳が赤く揺らめいているように見えて、彼の瞳の色はこんな色だったかしらと首を傾げた。


「僕が、何だって?」
「あ、いや。さっきから私のこと聞いてばかりで、リドルが今どんな生活しているのかなって、気になって」


なんだか責められているような気がして、言葉がうまく出てこない。ホグワーツにいた頃の彼は、こんなふうに話していただろうか。たった2年、されど2年。どうやら私は彼のことが、自分が思う以上にわからなくなってしまったようだ。


リドルは口元にやんわりと笑みを浮かべると、手を差し伸べて私の髪を一房手に取った。突然のことに心臓が跳ねて、肩が震えた私を見て、リドルはくすりと笑った。彼のこんな顔を、私は知らない。


「何をしていると思う?」
「え……?」
「ふふ。難しいかな」


この人は、一体誰なのだろう。瞳を赤く揺らめかせながら私にこんなふうに触れるなんて。こんな笑い方を、彼はしていなかったはずなのに。私が知らない2年の間、彼になにがあったというの。


「あなた、だれ」
「僕は……。そうだね、君が知らない僕だよ」
「リドル……?」
「ここに、僕の求める物はないようだ」


頭を鈍器で思い切り殴りつけられたような気持ちだ。彼の求める物はここにはない。それはまるで、彼にとって私はいらない人間なのだと思い知らされているみたいだ。たとえ彼の真意はそうでないとしても、私には、そう思えた。


「またね」


リドルはそれだけ言うと、何事もなかったかのように私から手を離し、背を向けて歩き出した。真っ黒なスーツに身を包んだ彼の後ろ姿は、学生の頃のそれとは似ても似つかなくて、本当に、まったく別人にしか思えなかった。


彼にとっての「また明日」の言葉はきっと、『さようなら』と同じなのだ。もうリドルは、「また明日」とは言ってくれない。それは当たり前のことだけれど、とても、かなしかった。約束はもう、交わされない。


(2013/企画/梗さん)

top