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「……………さむいね」


蝋燭の炎が、きらめく。胎児のようにからだを小さく丸めたまま、あいつが、囁いた。その両の眼がどこをみているのか、俺はわからない。ふ、と、蝋燭の炎が揺らめいて、消えた。


「シリウス、いる?」
「ああ」


暗闇の中、衣擦れの音がした。先程までの静かな空気が少しだけ、揺れた気がする。あいつは暗闇が嫌いなのだ。


「こんなに真っ暗だと、とけていきそうだね」


あいつが杖に灯りを灯しながら言った。ほのかな灯りがあいつの輪郭を浮かび上がらせる。その顔には確かな安堵が浮かんでいて、俺はそれをぼんやりと眺めた。


「シリウス、」


あいつが水に手を浸すような、はたまた何かをさがすような風に俺の方へ手をのばしてくる。


俺はその手に自分のそれをのばし、あいつの指と、俺の指を合わせた。どちらの指も冷たく冷えていて、幻みたいに思えた。


「……かなしいね」
「何が」
「ぐるぐる、まわってる。かなしい気持ちが、私と、シリウスの中をまわってる」


ぬくもりを求めていたはずなのに。どうして、悲しいのだろうか。ぐるぐる、ぐるぐる。まわっている。合わさった指先からお互いのかなしみが行き交って、酷く打ちのめされたような、どうしようもない気持ちがあふれた。


「まるで、何かに祈っているみたいだね」
「……ああ」


ぐるぐる、ぐるぐる。まわって、まわって、かなしみがせりあがってきて、苦しかった。祈りを捧げるように合わせた指先は、冷たくて、ただ苦しくて、息ができなくなった。


深く息を吐いて、するりと指が離される。あいつと、俺の、視線が交わる。互いの腕が絡み合うように伸びて、俺の手はあいつの首に、あいつの手は俺の首にまわされた。


「苦しいね」
「ああ」
「……………かえれたら、いいのにね」


手のひらに感じる、血がめぐる音と、生物のぬくもり。俺たちは、いきて、いる。


「どうして、別々にうまれてきたのかな」


手の甲に、あいつの涙が落ちる。生ぬるい、心地よさ。俺はそれを知っていた。昔、むかし、まだひとつだったころ、母親の胎の中で知った、羊水のぬくもりだった。


そのまま境界線ができないで、ずっと浮かんでいられたら、どんなによかったのか。ぼんやりと考えながら、俺たちは緩く両手に力を込めた。


(2010)

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