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自室に籠もって13日。運ばれた食事に一切手をつけなくなって9日。呼び掛けに応えなくなって5日。そろそろヤバいと思い始めて3日。難攻不落の砦よりも、天才が編み出した絶対無敵の戦術よりも、理解しがたくいつまでたっても崩すことができない。僕はそんな女の部屋の扉を開いた。


扉を開けた瞬間、むわりと漂ってきたのは形容しがたい、においと言うべきか迷うようなものだった。何かが腐敗したにおいと、微かな甘いにおい。異臭と言ってしまえばそうかもしれないし、芳香と言えば頷けないこともない。


せっかく大きな窓をしつらえてあるというのに、暗幕でそれは隠されているし、アンティークのランプもわざわざ集めたアール・ヌーボーの調度品も、彼女の前ではただのガラクタに過ぎないようだ。せっかく天蓋付きのベッドがあるというのに、彼女はあろうことか絨毯の上で膝を抱えて横たわっていた。


「そんなことして楽しい?」


問いかけてみたが、もちろん返事はない。彼女はただ一点を見つめたまま、それこそ蝋人形のように動かなかった。


「……今度は何について考えていたんだい」


ぐるり。横たわる彼女を囲うように、鳥の羽根が散らばっていた。彼女が見つめる先には、13日前までは窓際に吊された籠で鳴いていた数羽の小鳥(今となっては小鳥と呼ぶにはいささかグロテスクではある)が、整然と並べられていた。


「羽根をむしって何がわかったんだい?」
「……………わからない」


むくり。何の前触れもなく彼女は上半身を起こし見るともなく僕を見つめた。彼女が着ているのは買ったばかりの真っ白いワンピースのはずだが、既に台無しになっていた。僕は膝をついて彼女と目線を合わせ、彼女の頬にこびりついて固まっている赤いモノを親指で拭ってやった。


「何を考えて、13日も籠もっていたんだい?」
「……いのち」
「うん?」
「いのちが、どこにあるのかな、って考えていたの」


彼女は真っ赤に染まった手を彼女の頬に添えたままだった僕の手に重ね合わせ、こてん、と首をかしげた。


「いのちがどこにあるかって?」
「考えて、探して、みつからなかった」


彼女は目を伏せて、空いている方の手で近くの羽根をつまみ上げ、それをくるくると回した。彼女の手で弄ばれている羽根は、いのちを吹き返したようにくるりくるりと踊っていた。


「いのちは、ここにあるのに、どうして見えないんだろうって、ずっと考えていたの」
「それで羽根をもいだのか」
「……そうだけど、違う。いのちが、見たくて、探していただけなの」


ひらり。彼女の指から逃げるように羽根が落ちていったが、彼女はもう二度とそれを拾うことはなかった。彼女の手の中にある内はうつくしいもののように思えたそれは、今となってはなんてことない、ただの薄汚れた羽根だった。


「ばかだね、君は」
「……うん」


腕を引いて、華奢なからだを抱きしめた。僕が少しでも力を加えれば、簡単に壊れてしまうのではないかと思うほどに、彼女のからだは細く、あぶなげだった。とくん、とくん、とくん、と彼女の鼓動が伝わってきて、少しだけ、安心した。


「いのちなんて見えなくたって、僕と君は今ここにいるからそれでいいんだよ」
「……うん」


強く抱きしめて、耳元で「きみはばかだね」と囁くと、彼女は頷きながら少しだけ泣いて、「私はばかだよ」と言って、笑った。


(2010)

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