※超次元です





 目を覚ますと妙な違和感を感じた。何がおかしいのか少し考え、周りにあるもの全てが異様なくらい大きく見えることに気がついた。まだ寝ぼけているな。俺はそう思い、顔を洗い目を覚まさせるためにベッドから飛び降りた。もう一度言う、俺はベッドから飛び降りた。
 ようやく寝ぼけているのではなく自分自身に何か問題が起きていることがわかった。周りの家具は見上げなくては全体を把握することができず、目線の高さがずいぶんと低くなっていた。どうやら俺が小さくなってしまったようだ。
 とりあえず自分がどんな風になってしまったかが気になり、部屋に備え付けられているバスルームに向かう。器用に周りにある家具を使い洗面台に登る。洗面所につけられた鏡を見て俺は愕然とした。鏡に映るのは紛れもない猫だった。

 そこからの記憶は曖昧だった。ただ、跡部家に飼っていない猫がいれば野良猫と判断され最悪の場合、保健所送りにされてしまう可能性もあり、慌てて家を飛び出したのは少なからず覚えている。行く宛もなく、どうすれば元通りになるのかもわからない俺はらしくもなく闇雲に歩いていた。最初こそはどうしようか深刻に悩んでいたのだが、それは途中から馬鹿らしくなり、気づけばこの状況を楽しんでいた。
 その時だった。背後から強い衝撃を受け、俺は地面に突っ込んでしまった。そして、俺にぶつかってきた何かは倒れ伏す俺の背中に覆い被さってきた。わけがわからず俺は抵抗する暇もなかった。不思議と俺は冷静で、焦ることはなくただぼんやりと、猫のまま殺されてしまうのかと思った。
「お前、この辺じゃ見かけねえ顔だな。隣町からでも来たのかよ」
「……」
 ちらりと目線をやると、雑種と思わしき猫が俺に跨がっていた。どう答えればいいのかわからず押し黙っていると、ぺろりと首筋を舐められた。
「っ…何しやがる!」
「お前が黙ってんのがわりぃんだろーが。それにお前綺麗だからなァ。楽しめそうだ」
 舌なめずりをするソイツにぶるりと鳥肌が立つ。俺は為す術なく、体をまさぐられる。ようやく危険だと実感し始めたが、情けない話、俺は体が震えてろくに抵抗もできなかった。
「可愛い反応だなあ、くくっ」
「や、めろ…。触んなっ…!!」
「ばあか、止めるかよ」
「やめ、やめろ…!」
 余りの怖さに目を瞑る。だが、何も起きなかった。
「こらこら、コイツ怯えとるやん。苛めたらアカンで」
 聞き慣れた低音。慌てて声のする方を見ると、そこには同じ部活に所属する忍足侑士がいた。手には先ほどまで俺を押し倒してた奴の首根っこを掴んで、俺から見えないところに置いてしまった。
「おし、たり…」
 俺の声は猫の鳴き声となり意味は伝わらないが、忍足は怖がらせないようにふわりと笑いかけてくれた。
「あー、震えとるやん。さっきの猫が追いかけて来ないうちにはよ逃げや」
 俺を思って言ってくれたのだろうが、生憎今の俺には行く宛がない。猫としての生活は今日が初めてであり、この辺りの猫の縄張りだとかそういった情報がわからない俺は、結構やばいと思う。先ほどのようなことがまたあるとたまったもんじゃない。俺は恥を忍んで、忍足の足に擦り寄った。
「ん?どないしたん?」
「にゃあ…」
 ここで忍足と別れるわけにはいかない。俺は精一杯の甘えた声を出した。
「なんや、もしかして俺に惚れたんか?」
 コイツ、ふざけたことを言ってんじゃねえよ。思わず鋭い爪で引っ掻いてやろうかと思ったが、後押しするようにもう一度擦り寄り伝わらない気持ちを伝える。
「俺を拾えよ忍足」
「…ああ、もしかして拾われたいんか?うーん、親の許可無しに勝手に拾うても、無理やったときに可哀想なんやけどな…」
「ごちゃごちゃ言ってねえで拾えよ馬鹿」
「あ、今絶対悪口言うたやろ。そういうのすぐわかんねんで。…まあ、拾ったるわ自分のこと」
 ひょいとごく自然に俺は忍足に抱えられた。急の行動に思わず体が強張ってしまう。
「さっきまで積極的やったんに緊張しとるんか。変な奴やな」
 ふ、と笑う忍足の表情はなんだか小馬鹿にしてるように見えて、ぷい、と顔を反らした。



 忍足の家に訪れたことは今まで一度もなかったが、一般家庭にしては広い家だと思う。辺りを見渡しても埃も見当たらず、綺麗である。俺は忍足を置いてずんずんと先に進んだ。
「あ、跡部に無断で朝練休んだこと謝らんと。ついでに今日は学校休んでしまおか、自分が居るしなあ」
 先程まで後方にいた忍足が近づき撫でようとしてくるのをかわし、俺は近くにあったソファに寝そべった。その態度に忍足は思わず苦笑した。
「なんや、さっきの態度から一変してえらい冷たいやんか。まるで跡部みたいやわ」
 ぎくり。体がびくついた。本人だとは気づいてはいないのだろうが、なかなか鋭い奴だ。
「そや、まだ名前つけとらんかったな。その薄茶の毛並と青い目も跡部そっくりやし、景吾って名前はどうや?」
 思わず、こいつは俺の正体をわかっているんじゃないかと疑いたくなった。だが、忍足はいたって真面目な顔をしており、ため息をつきたくなる。それよりも、自分が飼うペットに知り合いの名前を付けるだろうか。正直理解出来ない。
 俺が黙っているのを肯定と受け取ったのか、忍足は馴れ馴れしく何度も俺を呼ぶ。普段は跡部と素っ気なく呼ばれる為、少し照れくさかった。
「ばーか」
 俺の声は、やっぱり猫の鳴き声になった。

 その日、忍足は学校を休み俺とずっと過ごしていた。忍足とこんなに長い間一緒にいることがなかったが、思いの外彼の隣は落ち着いた。
「今日跡部も休みやったんやて。岳人が言うてた。なんかあったんやろか?俺と同じで猫拾ってたらおもろいんやけど」
 馬鹿野郎、猫を拾うどころかこっちは猫になっちまったんだよ!
 けらけら笑う忍足がムカついて、たしたしと前足で顔面をパンチする。流石に爪は痛いから出さないでいたら、逆効果だったらしく、抱き寄せられた。
「にゃ!?」
「あー、かわええなあ景吾は!猫パンチて、可愛らしゅうて悶え死ぬやないか!」
 ぐりぐりと頬擦りされた。なんだコイツ見かけによらず動物好きだったのかよ。
 はあ、と忍足にうんざりしたその時だった。
 ぼひゅん、と奇妙な音がしたかと思うと、目線の位置が高くなり、いつもと変わらないものになっていた。どうやら自分は元に戻ったらしい。
 俺が体のあちこちの動作確認をしている間、忍足は突然の出来事に呆然としていて動かなかった。
「おい忍足、服借りるぜ」
「お、おん…」
 俺に声をかけられはっと意識を取り戻すものの、やはりどこかぼうっとしていた。いつものクールぶってる忍足はどこへやら。可笑しくて思わず口角が上がる。
 着替えを済ませ家に帰ろうとしたが、最後に忍足に言わなければと足を止める。
「さっきの質問だが俺は猫を拾ったんじゃなくて猫になってたぜ。それと、知り合いの名前を猫に付けんのもどうかと思うが、まあ俺の名前を使うのはいいんじゃねーの?」
 ニヤリと笑って俺は忍足家をあとにした。





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